★長南町へ花菖蒲を見に行く

花菖蒲
   花びらの中央に黄色いマークがあれば花菖蒲

3万株の花菖蒲があるという 「花菖蒲園 白井田園」へ花菖蒲を見に行きました。

すでに公開期間は終わっていましたが、電話すると 「花は少しは残っている。外出中だが門は開いているのでご自由に見学してください」 というありがたいお言葉。

6月中旬ごろまでが見ごろだったようです。公開期間が終わっていたのでだれ一人いないので静かにじっくり見学できました。
花菖蒲の他にニッコウキスゲが多く、フジバカマも少々見られました。園路にはよくわからないオブジェも設置されています。
茅葺の古い家屋は絵画などのギャラリーに利用されているようです。

花菖蒲は江戸時代に品種改良がなされ、何百種類も存在すると言います。
その一端を見たかったのです。

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上記画像で示した通り、どれも黄色のマークがついていました。
下記画像のように、アヤメはそこが綾目模様。カキツバタは白で、区別できます。
アヤメカキツバタ

菖蒲は音読みでショウブ、訓読みでアヤメ。
菖蒲と書いても、ショウブとアヤメとでは全く別種ですからややこしい。

五月の菖蒲湯に使うショウブは地味な花で、アヤメの仲間ではありません。
菖蒲

花菖蒲はアヤメやカキツバタと同じく アヤメの仲間でよく似ています。
本当のショウブは、最近では葉菖蒲ということが多くなってしまいました。

花菖蒲の花は大小あり、豪華な花や清楚な花があり、色とりどり。
全国各地の 「あやめ祭」 とは厳密にいえば 「花菖蒲祭」 のはずですが
花菖蒲もアヤメの仲間だから、間違いとは言えないものの、ちょっとねという気がします。

アヤメとカキツバタ、ショウブとハナショウブ。花が咲いていれば区別はつきますが
花のない時期は難しい。
葉の形、大きさ、姿、そして陸生か湿性かで区別しますが、その話は別の機会にしましょう。
調べるなら このサイト が読みやすい。

いすみ市には葉菖蒲、花菖蒲、アヤメ、カキツバタのいずれも見ることができるので、調べているうちに、ちょっと詳しくなりました。
都会より田舎の方が良い、と思えるのは豊かな自然に恵まれているからです。

 

★アジサイの本当の花

アジサイ
   ガクアジサイの中央のぶつぶつが本当の花で、その花が満開になった

TBSのプレバトという番組に俳句ランキングのコーナーがあり、おもしろくて勉強になります。
アジサイで一句というお題で、「ヨヒラ」 がアジサイの別名だと初めて知りました。
調べてみると、ヨヒラは四片または四葩と書くようです。読めませんね。書けません。

四片の花びらと見えるからヨヒラですが、本当は花びらではなくガク(萼)です。
花のように見えるので装飾花といい、本体の花は装飾花中央のツブ状の突起です。

画像は装飾花が周囲を額縁のように取り囲んだアジサイなのでガクアジサイ(額紫陽花)。
その中央には本体のツブツブ状の突起が多数集合しており、それが花開きました。
ルーペを使って良くみると一つひとつに、萼、花弁、オシベ、メシベがそろっています。

日本原産のこのガクアジサイをヨーロッパに持ち込んだのがシーボルトさんで、欧州で品種改良されて、ヨヒラだらけになったのが 手毬アジサイで西洋アジサイとも言います。
逆輸入されて広まり、いまや鎌倉のアジサイ寺でさえ西洋アジサイの天下です。

メジャーになった西洋アジサイだって、そのヨヒラをかき分ければ、その陰にかろうじて本体の花が残っていることに気が付きます。

箱根登山鉄道ではこの時期、アジサイが見ごろで夜間はライトアップされます。
わたしがガクアジサイに初めて出会ったのが、小学生の林間学校で箱根登山鉄道に乗った時でした。
それ以来、ガクアジサイ、タマアジサイには格別の思いがあります。
いすみ市にはガクアジサイ、タマアジサイも多くて心安らぎます。

アジサイの葉には毒があることは良く知られるようになりました。
以前、未熟な板さんが大葉のごとくアジサイの葉を使い、お客さんがそれを食べて大騒ぎになりました。

アジサイにカタツムリは梅雨空に良く似合う絵模様です。
しかし、梅にウグイス、卯の花にホトトギスのごとき単なる伝説に過ぎないかもしれません。
カタツムリはアジサイの葉は食べない、という実験結果を見た覚えがあります。
もっとも葉の上を歩くことぐらいは日常的のようですが…。

そのことと関係あるのかどうか、アジサイの学名はHydrangea ハイドランゲア。
水を好むので 「水壺」 にちなんだと言われていますが、Hydra ヒドラ とは毒水蛇のこと。
ギリシャ神話で9つの頭がある不死身の怪物で、ヘラクレスによって最終的に退治されました。

アジサイも頭に多くの花をつけ、秋冬の季節になっても花は枯れ落ちない。
しかも葉に毒があるのだから 不死身の怪物ヒドラにちなんで名づけられたのではないかと密かに思っています。

花言葉は移り気、浮気、変節などマイナスイメージ強いのも、見たこともない東洋からの不可思議な花だったからではないでしょうか。
しかし、日本人でこの花を悪く言う人は聞いたことがありません。
梅雨空の下、鮮やかに咲くアジサイは日本の、日本人の心の原風景だと思います。


 
 

★紅花が咲き誇る長福壽寺の境内

長福寿寺
   奈良・平安時代に上総は紅花の一大産地であった

平安時代の『延喜式』という本には諸国の納入すべき物産が書かれており、上総の国からは中央政府へ税金の一種として紅花が納められていたことがわかります。

上総の国のどこかとまではわかりませんが、現在の長生郡長南町では町おこしの一環として紅花祭を開催しています。
久しぶりに暇ができたので、車で40分、花を見に、祭り会場の長福寿寺へ出かけました。

長福寿寺は通称で、お寺の看板によれば日本一長い勅語号を持つお寺だそうです。
   『三途河頭極楽東門蓮華台上阿弥陀坊大平埜山本実成院長福寿寺』
まぁ読めませんね。漢字四文字ずつを区切って読めば、何とか読めるでしょう。
  さんずがとう/ごくらくとうもん/れんげだいじょう/あみだぼう/たいへいやさん/
  ほんじつじょういん/ちょうふくじゅじ―――と読む天台宗の古刹です。

戦国時代末期、この地を治めていた長南氏が攻め滅ぼされ東北に逃れ、そこで長南の遺民たちによって紅花が栽培され、江戸時代には東北が一大産地になりました。

私的なことですが、仙台松島湾の寒風沢(さぶさわ)島に従兄が暮らしています。
亡くなった伯母は旧姓が長南で、長南姓はめずらしくないそうです。
この島の高台に、長南氏の顕彰碑があることから察すると、上総を落ちのびた長南氏は波穏やかな寒風沢島に上陸し、そこから東北各地に散ったものと思われます。

紅花の花だけを摘んで花弁を洗い、発酵させて臼でつき、団子状に丸めてから延ばして天日干しすると「紅餅」という商品の完成です。
これを日本海の千石船を使って敦賀に運び、なんだかんだで京大阪の商人に届き、紅花染めやお化粧用品や薬になりました。

紅花の先端の花だけを摘むので、別名が「末摘花」。
末摘花といえば「源氏物語」にでてくるきわめて個性的な女性が思い浮かびます。
鼻が異様に高く、ぶつぶつ穴があり、鼻先が赤い。だから末摘花なのでしょう。
ブスで琴の腕前も和歌もその文字さばきもイマイチで、落ちぶれた貧乏宮家の娘です。
しかもファッションセンスが一昔前のバブリー時代のものというヒドイ書かれ方です。

しかし、光源氏はその控えめで、ひたむきな優しい性格を愛します。
プレーボーイ光源氏もいいとこあるじゃんと思ったものです。

末摘花を知ったのは古代の海外貿易のことを調べている時で、
菅原道真の建議で遣唐使が廃止され、海外の文物の流入が止まりました。いわば鎖国です。
末摘花がまとっていたのはクロテンのショールで、それはシベリア地方の動物の毛皮です。
宮家がまだ豊かであり、海外貿易が盛んだったころの名残です。

精一杯着飾った姿に光源氏は興ざめしますが、その心根(こころね)に感じるところがあったのでしょう。
昨今のプレーボーイタレントの行状や、政府高官や政治家のウソ八百にウンザリしています。
紅花を見るたびに、末摘花を捨てなかった光源氏を思い浮かべます。


 
 

★スズムシ誕生

スズムシ
   生まれたては真っ白。本体3mmひげ6mmぐらい。木炭の上に乗っている。

毎年、スズムシを育てています。
誕生日はだいたい6月4日、六ム四シの日と覚えておくと忘れません。
そこ頃から毎日点検し、今年は6月8日でした。少し誕生が遅れました。

誕生に気付かず、エサがなくとも、そう心配はいりません。
小さい体ですし、自分の抜け殻を食べて生き延びるので、生後3日ぐらいは平気です。
それでも足りなければ共食いをして強い者が生き延びます。
次々とわんさか生まれてくるので、共食いで全滅などありえません。

とはいっても、それは過酷で気の毒ですから、朝一番でスズムシのエサを買いに行きました。
市販のエサでなくとも煮干しや削り節を与えておけば大丈夫ですが、市販のエサの方が扱いやすくて便利です。

これからが虫の世話で、大変といえば大変ですが、楽しみといえば楽しみです。
だんだん成長していく姿を見るのは虫でもうれしいものです。

主食は市販のスズムシのエサ。
水分補給はスイカの皮やキュウリやナスのスライス。
ナスの方が日持ちがするし、スズムシも好みます。
サツマイモ、ニンジン、カボチャなど余った野菜の切れ端なんかでも食べます。
時々、霧吹きでケース内の湿度を調節します。スズムシどもはワーッ雨だ雨だと逃げ惑うのもおかしく、かわいい。

最も気を遣うのはケース内のあれこれがカビること。
エサやナスなどは小皿にのせる、楊枝で刺すなどしてマットに直接触れないようにします。
食べ残しを放置せず、撤去すればさほどカビを心配することはありません。

日本人は昔から鳴く虫が好きだったようで、万葉集や源氏物語にも登場します。
世界中、多くの地域で鳴く虫がいるはずですが、虫の音に気付かない民族が多いそうです。
小川のせせらぎ、風の音、波の音、そして虫の音などは脳内で雑音として処理され、聞こえていてもやがてホワイトノイズになって、気にならないのだと言います。
たしかに、南方地域で虫の音がすさまじければ雑音にちがいありません。

それに対して日本人はそれらの音を脳の言語野で処理するために敏感で、多くの擬態語、擬音語が存在します。
ところが、海外育ちの日本人は外国人と同じようになってしまうそうですから、生物学的特性ではなく文化的な環境に由来すると考えられています。
その決定的な違いは、日本語が母音終止という特徴にあるといいます。

strike  という単語は1音節ですが日本語では5音節になります。
母音終止のポリネシアのある民族は虫の音を聞き分けるとか。

ウソか本当か知りませんが、学者さんも大変ですね
それはそうとして、もしスズムシを飼ってみたいという人がいたらご連絡ください。
いくらでもお分けいたします。


 

★タチアオイ(立葵)は梅雨の花

タチアオイ
     花の色は色々だが、濃い色はそれはそれで素敵だ

例年、梅雨入り時に花茎の下の方から咲きだし、順次、上の花が咲き、最上部の花が咲くころが梅雨明けだと言われ、実際、そのような年もありました。
今年の梅雨入り宣言はまだなく、タチアオイは待ちきれずに、もう満開の花もあります。

この花の名前がタチアオイだと知ったのは十数年前ですが、少し違和感がありました。
というのも、わたしの知っていたタチアオイ(立葵)は徳川四天王の一人、本多忠勝の紋所。
  本多立葵 本多立葵紋

いすみ市の隣、大多喜町は忠勝が築いた城下町で、街には立葵の旗がひらめいています。
徳川一門の三つ葉葵や本多家の立葵のデザインは、京都の葵祭と同じくフタバアオイ(二葉葵)をデザインしたもので、タチアオイではありません。

ところがタチアオイは昔から花葵ともいうそうで、この花を葵と称しても良いようです。
茨城県水戸のサッカーチームはクラブ名が 「ホーリーホック HollyHock」 です。
クラブのHPによれば、“ホーリーホックは英語で「葵(タチアオイ)」を意味し、水戸徳川家の家紋の葵から採られた”そうです。
つまり、ここではフタバアオイとタチアオイが混同されています。

フタバアオイは山野の下草で、花は非常に地味ですから、くろうと好み。
花葵、つまりタチアオイは華やかで明るい花なので、こちらの方が人気が出てきています。
これからはアオイといえばタチアオイを指すように なるのかもしれません。

明治安田生命による人気の名前ランキングによれば男女とも葵がベスト10入りしました。
男子が9位、女子がなんと1位。(2016年)
親御さんは はたしてどちらの葵をイメージして名付けたのでしょうか。