★春の山野草――シュンラン(春蘭)

春蘭2
      高さ20cm程度の茎と花だが、確かにランの花だ

いすみ市の春の山野を歩いて、山野草を見る機会はめっきり減りました。
山が荒れて密林化してしまい、繁殖力の強い植物に生育場所を奪われるか、
あるいは人家近くの場合、手入れが行き届き、草刈り機でたびたび刈られて絶滅してしまうからでしょう。

画像のシュンランもそんな山野草の一つで、春のほんの一時期にしかお目にかかれません。
シュンランは春蘭で、文字通り春に咲く蘭のこと。
シュンもランも音読みですから、中国渡来と思いきや、じつは日本原産だそうです。

昔の村人にはそんなしゃれた名前ではなく、ホクロ、ジジババなど身近な名前で呼ばれていました。
かつて春の山野にたくさん見つけられたからこそ、花を採集して、ゆでて酢の物にしたり、花の塩漬けを桜茶のようにしてお茶にしたそうです。
今や貴重な山野草ですから、そんな「贅沢」なことはできません。

※ ハードディスクがいかれてしまい、このノートパソコンが入院してしいました。
  しばらく使えませんでしたが、  使えないと全く不便です。
  退院後も各種設定のしなおしで大変です。
  なにごとも重症化しないうちに対処しなければいけませんね。反省。


 

啓蟄(けいちつ)啓戸(けいと)3/5~3/9

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       岬町にて  上:白梅  下:河津桜

ふつうは「啓蟄」ですませますが、4文字熟語風にいえば「啓蟄啓戸」で「すごもりむしとをひらく」と読みます。
3月5日から9日までの5日間で、1年365日をおよそ5日ずつ、72の季節に分けて季節の移ろいを示す「七十二候」という単語です。

ようやく確実に春だと実感します。
いすみ市では七十二候の文字通り、カエルが鳴きだしました。
田んぼにはアカガエルの卵嚢(ランノウ)がたくさんあります。
でもまた寒くなると、カエルはまた地中にもぐってひと眠りするそうです。

昨年はウグイスの初音もあったのですが、今年はまだ。
それでも山から里へ降り始め、「ジッ ジッ」という地鳴きは聞こえました。
もうすぐ優雅なホーホケキョウの合唱が聞こえてくるでしょう。

世の中にはあちこちに梅の名所や河津桜の名所があります。
宮勤めの頃は発作的に各地に出かけて春を楽しんだものです。
いすみ市に来てからはめっきりと外出が減りました。
名所というほどの広大な面積を誇らないまでも、道を歩けばスイセンが咲き、梅がほころび、河津桜がさいているのですから。
自然が豊かな土地柄です。

さて、3月10日からの5日間は 「桃始咲」-ももはじめてさく。
15日からの5日間は 「菜虫化蝶」-なむしちょうとなる。

旧暦カレンダーを見ていると、それが単なる数字の羅列ではなく、いつの間にかもうそういう季節かと驚かされ、また期待も生まれます。
春分まで、寒さはもう少しの辛抱です。

 

★ザゼンソウ花咲く

ザゼンソウ
  いすみ市のとある湿地帯にて

ザゼンソウ(座禅草)を初めて見たのは尾瀬で、まだ残雪がたっぷりでしたから、5月の連休のころだったのでしょう。ずいぶん昔のことです。

木道の隙間から顔を出していました。雪原だと、そこだけ雪が解けて顔を出しています。
後から知ったことですが、開花する際に発熱する植物だそうで、25℃にもなるそうです。
なるほど、だから雪を割って芽生えてくるのかと感心した覚えがあります。

茶色のドームの真ん中に金色に輝く仏さまが鎮座していらっしゃるみたいだと昔の人は思ったのでしょう。それで座禅草。
座禅を組んだ達磨さんだと見た人は達磨草と名付けました。

茶色のドームは専門的には 「仏炎苞 ブツエンホウ」 といいます。
仏像の光背のような火炎のような形だからです。
仏さまに当たる部分は 「肉穂花序 ニクスイカジョ」 といい、これが花です。

尾瀬では水芭蕉のころに座禅草をみかけますが、水芭蕉も座禅草と同じく仏炎苞と肉穂花序を持っています。
水芭蕉の仏炎苞は純白ですから良く目立って人気があります。

最近では水芭蕉によく似た外国生まれの園芸品種が花屋さんで売りに出ています。
何有荘の庭にもいつの間にかカラーが育っていますが、これも同じサトイモ科の仲間です。

里芋の花など見たことはありませんが、仏炎苞と肉穂花序を持っているサトイモ科の野草は田舎には多い。ウラシマソウやマムシグサなど。

それにしても山岳地帯に人知れず咲くザゼンソウがいすみ市に咲くのは不思議です。
きっと誰かさんが植えたものでしょう。
それが湿地帯という場所を得て今年も咲いたのだと思います。

湿地帯って不毛の荒れ地とみなされがちですが、多様な植生を守るためには今や貴重な土地だと言えるのでしょう。


 

★立春大吉 2月4日

河津桜
    太東崎灯台への道には河津桜

春夏秋冬の四季を円形の表に示すと、それぞれ90°の扇型になります。
冬から春への境目が節分で、2月4日が「立春」で春が始まります。
ちなみに春のど真ん中が「春分の日3月21日」。春の前半と後半を分ける日です。

1年365日のいつを1年の基準にしても良いのだけれど、立春の日というのが心もウキウキしそうで良い気がします。
中国文化圏の韓国、日本、あるいはベトナムでも春が新年の始まりでした。
ところがカレンダーは月の満ち欠けが基準でしたから、1月1日が立春の日とは一致しないことが普通。

今年の場合、2月4日は旧暦ではまだ師走の19日。新月の日である元旦は2月の16日。
つまり、現代の日本人は年に3回の正月を迎えることになります。
1回目は西暦の1月1日。2回目が立春で2月4日。3回目が旧暦の1月1日(2/16)。

新年が始まれば、今年こそ良い年でありますようにと願いを掛けます。
それが表題の「立春大吉」。新年おめでとうございます--ぐらいの意味でしょうか。
あるお寺では立春前後に「立春大吉」のお札を参詣人に配り、人気だそうです。

ところで、韓国では「立春大吉」には続きがあり、「建陽多慶」と続きます。
温かくなる縁起の良い気候になり、良いことが続くでしょうというような祈りの文言です。
香港で節分の夜、つまり立春前夜の花火大会では、花火に「春」や「吉」の文字が隠されていました。

立春大吉のお札は日本独特の風習というよりも、中国文化を基礎とした東アジア文化圏共通の願掛けだとして良いでしょう。
雪深い地域に住む人々には立春と言われてもピンとこないでしょうが、太陽の周りを公転している地球の軌道のうち、冬から春への節分点を越えたことは確かです。

雪が解けたら何になる?という問いに、「春になる」と答えた小学生がいました。
わたしたちもそんな気持ちで本格的な春の訪れを期待しましょう。
どんなに寒くとも、春がもうそこまで来ていることを河津桜が教えてくれています。
「立春大吉 建陽多慶」--雪も氷も解ければ春になります。
今はじっと我慢。心弾ませてその日を待ちましょう。


 

★梅、開花

梅
   地元の梅の寺として有名な大栄寺に出かけてみました。

昨日は暖かだったですね。南風が流れ込み4月上旬の気温、桜の咲くころの気温だったとか。
晴れて温かい日はなんとなく心も軽くなります。
梅の古木並木のある大栄寺にへ、梅の花を求めて出かけてみました。

三分咲きぐらいでしょうか、枝によっては五分咲きぐらいになっていました。
いすみ市では花見の習慣などないらしく、(梅も桜もあちこちにあるので)
誰もいない境内でした。

苔に覆われた古木の花を見ていると 「主なしとて春な忘れそ」 という道真公の歌が偲ばれます。
東京で宮勤めをしていたころは、休日になると曽我の梅林、青梅の梅林など名だたる梅林に出かけてストレス解消したものです。

「梅」の音読みは「バイ」、訓読みは「うめ」と小学校で習います。
ただし、どちらも本当は音読みで、訓読み、つまり和語はなかったと思います。

アイという発音はエに容易に変換します。
有名なのは「愛媛」。
アイヒメがなぜエヒメなのか、小学生の頃は不思議でしたが、人類の発音はそういうクセがあるらしい。

アイ ai がエ e に置き換わる良い例がNHKの「西郷どん」。
サイゴウ Sai-gou が セゴ Se-go に置き換わっています。

そんな例は枚挙にいとまなく
大根・ダイコン→デーコン。汚い・キタナイ→きたねぇ。入る・ハイル→ヘール。大工・ダイク→デーク。帰る・カエル→ケール。旨い・ウマイ→ウメ―。やばい→ヤベー。大丈夫・ダイジョウブ→デージョーブ。などなど江戸っ子弁にもその傾向があります。

これらはなんとなく理解できますが、ヘが降る、ヘが飛ぶ となると理解しにくい。
それぞれ、灰が降る、蝿が飛ぶのことです。

梅は木偏に毎と書きます。毎はマイと読むのが普通でしょう。
マイがなまるとバイになります。
梅・バイは日本なまりであり、中国語ではマイに近い発音です。
すると、マイは容易にメに変換してしまいます。
メを強調した破裂音としてウが語頭に添えられてウメになったと推測しています。

梅の木は日本列島になかったのですから、ウメという和語・やまと言葉があったはずがありません。
ウメは訓読みのふりをした音読みだと思います。

同様の例が、日本列島には1頭もいなかった馬。
マとバは容易に変換します。
マが強調されてウマ。どちらも音読みが起源でしょう。

もともとは中国からの輸入品であり、高級品だった梅も今ではすっかり日本の風土になじみ
それでもなお昔と変わらぬ美しい花を咲かせ、かぐわしい香りを漂わせています。
「花ぞ昔の香ににおいける」ことにどれほど多くの人々が慰められてきたことでしょうか。