★太東崎のハマヒルガオ

ハマヒルガオ
     砂丘に大群落と言いたいところだけれど

そろそろハマヒルガオの見ごろと思って夷隅川北岸の海岸に出かけてみたら、 なんと今年はもう最盛期を過ぎていました。
いつもは砂浜を埋め尽くすように咲いているのですが、今年はちょぼちょぼ。
しかも約半数は咲き終わった景色でした。
桜が早かったようにハマヒルガオも咲く時期が早かったようです。

「太東植物群落」に設置された看板によればハマヒルガオは5月6月の花とされています。
まだ5月中旬なのに これでは6月になったらどうなるのでしょう。
おもわず期待外れの観光地ランキングが頭をよぎりました。
高知のはりまや橋や札幌の時計台が毎年上位にランキングされています。

それでも私たち以外に釣り人が二人しかいない広大な海岸に大波が押しては引く単調なざわめきが繰り返され、海は広いし、空は青く大きく雲一つなく、散歩していると清々しい気持ちになります。
昨年は揚げ雲雀が鳴いていたのですが、今年は聞けなかったのがちょっと残念です。

気を取り直して足元を見れば、紫色の花を咲かせるハマエンドウ、奇妙な形のコウボウムギ、ハマボウフウなどの海浜植物が見つかり、うれしく思いました。
観光地化されていない浜辺って今は貴重な存在のようです。

国定公園の一画で天然記念物指定第1号の栄誉を担っている「太東植物群落」の最大のウリであるスカシユリは順調に育っていました。
花咲くのは7月ですが今年は早くなることも考えに入れておきましょう。
スカシユリの時期は、がっかり観光地ではない自然のお花畑を見ることができる雰囲気でした。

こんな素晴らしい景色がその時期にだけ出現する――それを実際に楽しみにしている地元の人は意外と少ないようです。
わたしも川崎に住んでいた時、川崎大師に出かけることはめったにありませんでした。
いつでも行けると思うと地元ゆえにかえっておろそかになるのかもしれません。


 

★いすみ市の里山のキンラン・ギンラン

金蘭 ギンラン
     黄色がキンラン、白がギンラン。高さ30~40cm程度

2018年の皇居での歌会始のお題は「語」でした。天皇陛下の歌が

語りつつあしたの苑(その)を歩み行けば林の中にきんらんの咲く  

都区内では消えてしまったと思われたキンランが皇居では生き延びているのかぁ、武蔵野の風景が残っているのだろうと印象に残った歌でした。
調べてみると一般公開されている東御苑でも数株咲いているという情報があります。
五月の連休に東御苑を訪れるのもよいかもしれませんね。 

房総半島ではハイキングコースでキンランを見かけることがあります。
房総ですから高い山ではなく、人家のそばの登山道から分け入ることが多い。
そんなハイキングコースは炭焼き小屋への道であったり、隣村への抜け道であったり、あるいは山頂のお宮への参拝の道だったり…。

つまり、まるっきりの自然原野ではなく、人の気配がある道筋に咲いていることが多いと思います。
ドングリなどの木漏れ日が差す道端の低い草むらの中が居心地が良いようです。
手入れがされず、そこがブッシュになると消えてしまいます。

画像のキンラン、ギンランは毎年、この場所近くで咲くのを知っていました。
何有荘から車で10分ほど、標高20m程度の低い山です。
遠出をしないでもちょいと出かければキンラン、ギンランに会える――そんな田舎暮らしが性に合っています。

今年の桜は例年より10日早く開花しました。
キンラン、ギンランもつられて早く咲くかな、思っていたら案の定でした。
もう咲き終わっている方が多かった。
見ごろは9連休の最初のころだったろうなと推測します。


 
 

★水辺のカキツバタ

カキツバタ
     いすみ市の某水辺にて

カキツバタは全体に濃紫の花。その花びらには筆で一筋の白い線を描いた模様があります。
いずれがアヤメかカキツバタといい、それは優劣付けがたい美女の例えです。

でも慣れれば季節の花としてのアヤメとカキツバタは容易に区別がつきます。
アヤメも総濃紫の花ですが、花びらの模様が一筋の白い線ではなく、網目模様になっています
アヤメは陸生、カキツバタは水生という点でも区別がつきます。

平安初期のプレイボーイに在原業平という歌人がいました。
この人物が未来の皇后と目されている藤原高子をたぶらかしたということで藤原氏の逆鱗に触れ、京にいられなくなり東国への旅に出ます。
その途中、三河国の八橋という場所で昼食休憩をとったとき、カキツバタが美しく咲いていました。
旅を共にした友人が「かきつばたという五文字を使って旅の歌を詠めとリクエストします。
その時の即興の歌が

  唐衣 きつつ馴れにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ 

  らごろも つつ馴れにし ましあれば るばる来ぬる びをしぞ思ふ

唐衣は着るの枕詞で、立派なというニュアンスを含んでいます。肌になじんだ妻だったのに、その妻を都に置いてはるばる来てしまった旅をしみじみ思うとでも訳しましょうか。
蛇足ながら、都に残した妻は古女房ではなく藤原高子のことだと考えるのが妥当でしょう。

五七五七七の頭を「かきつばた」とした驚異的テクニックですが
五七五七七の尻を一文字ずつ逆に読めば(濁点表記は当時はなく、清音表記)「ふるはしも」となります。
これは「古橋・藻」となり、八つ橋の水辺の風景を読み込んだと読み解くこともできます。
頭と尻、これを上品に冠と沓と言いますが、冠と沓に景色を読み込む超・超絶技巧で開いた口がふさがりません。さすが当代一流の歌人・在原業平の歌です。

ついでに尾形光琳の国宝・燕子花(カキツバタ)図屏風を拾ってきました。
水辺にカキツバタ、これでカキツバタを見誤ることはありませんね。

     カキツバタ2



 

★夏も近づく八十八夜――5/2

葉菖蒲
      湿地帯にある菖蒲(葉菖蒲)の群落

立春を起算点(第一日目)として88番目の日が5月2日です。
5月5日が立夏だから、夏も近づく八十八夜――と歌われるのももっともです。
もうすぐ夏だ、夏の準備を始めようと促す日でもありました。

新茶の季節でおなじみですが、品種改良が進む前の稲作では今頃が種まきの季節でした。
米という字を分解すると八十八となりますからね。
末広がりの八が重なった八十八夜はお米にとっては縁起の良い日です。
やがて旧暦5月になると田植えの季節で、五月女(さおとめ)たちが着飾って田植えをしたものです。

現代ではまだ旧暦でいえば三月なのに、種まきどころか、もう田植えが始まっています。
あちらの田もこちらの田も水がはられ、規則正しく植えられた小さな苗が風にそよいでいます。

八十八夜の別れ霜という言葉もあります。
今年は遅霜の心配はまるでなく、4月中は気温25℃以上の夏日が続きました。
もうすぐ夏だどころではなく、もう夏になってしまったかと思う日々でした。

旧暦では卯月、皐月、水無月が夏とされ、5月5日の菖蒲の節句はまだずいぶん先の話なのに
産直店ではもう菖蒲湯の菖蒲が販売されていました。
それにつられて、近くの湿地帯に出かけ菖蒲を採集してきました。

菖蒲湯に使う菖蒲はきれいな花は咲きません。
画像のように一見すると、湿地帯の雑草です。
花の咲く菖蒲と区別して葉菖蒲といったりします。
しかし香りが強いので、その香りが邪気を払うと珍重されました。

しかし、やはりほぼ1か月早いので、香りはあまり強くありません。
ちょっと残念ですがせっかく採集したので明日のお風呂に使います。

なぜ仲夏の5月に葉菖蒲が珍重されたか、その香りにあるのですから、その香りが乏しい菖蒲湯では単に形をまねしただけで、あまり意味がないでしょう。

卯の花が終わり皐月が近づいたころ、もう一度採集して、薫り高い菖蒲湯に浸って邪気を払いたいと思っています。


 
 

★桐の花、開く

桐の花
   いすみ市郷土資料館前の桐が見事だ

こともの頃から、桐の花は12月だとずっと思っていました。
桐の花の実物は見たことなく、花札から仕入れた知識でした。
1月=松、2月=梅、3月=桜、4月=藤……12月=桐 ですから12月だと信じたのでした。
      桐と鳳凰


後になり、季節の表し方に「七十二候」といものがあることを知りました。
1年を360日だとすると、5日ごとに季節の変化を表したものです。
その中に、桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) があり、7月下旬から8月上旬の5日間を指します。
1年で一番暑いころですね。
今度はそれを信じて、桐の花は年末ではなく、本当は真夏の花なんだと思いました。
     
ところが、どちらも今でいうところのフェイクニュースみたいなものです。
いすみ市にきて実際の桐の花を眺めてみれば、画像のように桐は初夏の花、藤の花の咲くころ、今の季節の花でした。
百聞は一見に如かず――読んだ知識、聞いた知識と、実際に見た景色は異なることを知りました。

しかし、見たことが正しいとは限りません。
うっかり、自分のささやかな経験と判断をこれが真実だ、絶対だと信じるとひどい目にあいます。
たいていの失敗は自分自身の愚かさにあったことは、ここまでの人生が証明しています。

ではなぜ花札の桐は12月なのか?
なぜ七十二候では桐が一番暑いころに花咲くといわれるのか?
それが長らく疑問にも思われずに通用してきたことに日本文化の秘密がありそうです。

その秘密のカギをあーだ、こーだと探ってみるのも暇つぶしとしては面白いことです。