★スイカズラの花

 スイカズラ
    いつもの散歩道で

何有荘周辺は緑が多く、生垣も他地区で多い槙(マキ)の塀ではなく、ネズミモチやトベラなど常緑樹の生垣多いのが特徴です。
その生垣の隙間にはスイカズラが混ざっています。つまりスイカズラを見る機会は多々あります。

スイカズラは「吸い蔓」であり、花の付け根に蜜があり、その蜜を昔の人は甘味料代わりにしたのだとか。蜜を吸う蔓だからスイカズラと命名。
英語名がハニーサックルというのも同じ理由でしょう。

手元のハーブ図鑑にはハニーサックルとしてスイカズラが載っています。
この両者は近縁種ですが厳密には違うものです。
スイカズラは常緑ですが、ハニーサックルは落葉樹です。

花の色もちょっとちがう。ハニーサックルはピンク系です。
スイカズラは画像のように金銀の二色。金銀花と言います。
以前、松島の瑞巌寺に行ったとき、庭に金銀木が植えられていました。
こちらはヒョウタンボクという別物ですが、花が白→黄に変化するのはスイカズラと同じです。
金銀花と金銀木、まぎらわしい命名ですね。

スイカズラは常緑だからこそ生垣にも採用されているわけで、その点に注目して「忍冬 ニンドウ」 という別名があります。
冬の寒さを耐え忍ぶという命名は、逆境にもめげずに頑張るという日本人好みの名前です。
そんな名前にひかれてフェンスに這わせたことがあります。
ところが生育旺盛でジャングル化して始末に困り、やむえず削除してしまいました。

ツタ植物ですから、スイカラというのが正式なのでしょう。しかし最近はスイカラという表記があたりまえらしい。
そんなことは、まぁ気に入らないけど、どうでもいい。

それより面白いのは、スイカズラ(忍冬)なんて朝から晩まで働いていたころは見たことがなかったのに、それをデザインした絵柄は昔から知っていました。
それは、ドロボーさんの必須アイテム・唐草模様の大風呂敷。

唐草模様はエジプト発祥でギリシャローマに伝わり、シルクロードを通して日本まで伝わりました。
仏教とともに日本に入り、葡萄唐草文様や忍冬唐草文様が有名です。
奈良・薬師寺の聖観音菩薩の光背の文様が忍冬唐草文様だそうで、そういわれれば少し葡萄唐草文様と違います。
もっとも、そんなことを気にするのは専門家だけでしょう。

常緑のスイカズラをどうデザインするのか、あえて花を省き、伸びるツル部分だけを無限拡大したデザインの能力に感心します。
ドロボーさんの唐草文様は江戸時代にさらに進化し、今では原型が忍冬唐草文様だとは気づく人はあまりいないでしょう。
それでも、日本人ならば誰でも知っているあの模様のオリジナルがスイカズラだと知ると、スイカズラって偉いなぁと親しみがわきます。

      蔓唐草文様 ツタ唐草文様 奈良時代



 
 

★紫色のホタルブクロ

ホタルブクロ
   庭のホタルブクロは白花が先行し、紫色のはやや遅れて花が咲

この近辺には未利用の空き地が多く、そんな場所にはホタルブクロも自生しています。
もっとも、環境美化の名目の下、草刈り機で刈られてしまうことが多い。

庭の白花ホタルブクロはそんな野生のものを救出して移植したもので、紫色のは知人から分けていただき植栽したものです。
ホタルが舞う季節になると咲く花で、昔の子どもらは捕らえた蛍をこの花に閉じ込めてほのかな灯りを楽しんだのでホタルブクロというらしい。
優雅な名前だと思います。

なんとなくホタルの光には心が奪われる怪しい引力があります。
死んだ人の霊魂が蛍の光になって飛んでいる――そんな雰囲気をわたしも少しは感じます。
野坂昭如の「火垂るの墓」は題名からして、主人公が死ぬことが暗示されています。
野坂にとって、ホタルは死んだ妹さんの化身だと思えることでしょう。

日本書紀によると、アマテラス一派の日本侵略(天孫降臨)はそう簡単ではなかったことが語られています。
この列島はわが子孫が永久に治める国だと宣言し、先遣隊を派遣したのに逃げ帰ってきました。

――「あの葦原中国は、蛍火のように光り輝くたくさんの神々、また蠅が騒ぐような悪しき神々がおり、また草木ことごとくによくもの言いいます」――

金属器と稲作を経済原理とするアマテラス一派にとって、縄文人が生きてきた日本列島は悪しき神々が住む恐ろしい場所に見えたようです。
ホタルは悪しき神々(縄文人)の生命力の象徴のような扱い方がみてとれます。
うっそうたる森林も戦乱の続いた大陸からの侵略者にとっては不気味だったのでしょう。

たぶん仏教の進展にともなってだと思います。ホタルの光は悪しき神々の象徴から死者の魂の象徴へと変化していきます。
平家ホタル、源氏ホタルといういい方も輪廻転生、諸行無常を現代人にも伝えています。
悪しきものから懐かしきものへとの価値の変換が起きました。

それはそうと、ホタルにはもう一つ思い出があります。
若いころ、丹沢山塊の鍋割山に泊まりました。
山荘のご主人から丹沢には山の中に光輝くホタルがいると教えられました。
実際その通りで、驚き、得した気分になったものです。

後になって調べたことですが、川辺のホタルよりも山のホタルの方が多数派なのだとか。
人口の九割以上が農民だった時代には、山のホタルなど眼中になかった、知る意味のない知識だったのでしょう。山で暮らす人以外はその事実を誰も知りませんでした。
丹沢のその山稜にホタルブクロが咲いていたかどうか、まったく覚えていません。


 

★オオキンケイギク(大金鶏菊)にはご用心

オオキンケイギク
    本当は狂暴で性悪。ちょっと見にはきれいな花だが

今年もまた国道沿いにオオキンケイギクが花盛りになってきました。
国道を管理しているのはどこか知りませんが、毎年のことなので、国道からこの花を根絶する気はないように思えます。
民家の庭先にも時々見かけます。この花が「特定外来生物」であることを知らない人が多いからでしょう。

「特定外来生物」といえば、先日、兵庫県でアリゲーターガーという大型肉食魚が捕獲されたというニュースが流れました。
北米原産、北米最大の肉食魚で体長2mにもなるので、まだ小さかった頃に買ったマニアが飼いきれずに川に放流したものと思われます。
人間にも危険ですが、川の中のアユやウナギ、ナマズやドジョウ、ヨシノボリやカエル、おタマなどその河川の生き物がすべて食い尽くされて全滅してしまいます。

植物でもそのような性悪で狂暴な種類があり、「特定外来生物」に指定されています。
画像のオオキンケイギクもその一つで、2015年に兵庫・岡山を旅行した際、某河川敷がオオキンケイギク一色に染まっているのを見た時はショックでした。

昔からの河原にはカワラナデシコ,ワレモコウ,ツリガネニンジン,アキカラマツ,ヤブカンゾウなどの愛らしい花が咲いていたはずです。
たいして美しくもない雑草でも、蝶々にとっては子孫を残す大切な食草でした。
それらが全滅してオオキンケイギクだけになってしまったのがショックでした。

元はと言えば、わたしは国土交通省が悪いと思っています。
オオキンケイギクは河川敷や高速道路の法面(ノリメン)を美しい黄色の花で彩る手軽な緑化植物として積極的に利用してきたのです。
国道沿いや野原のイネ科の外来雑草も法面緑化で国土交通省がバラまいた場合が多い。
それが一般国道や民家の庭、空き地などに進出してきており、オオキンケイギクは現在、栽培・譲渡・販売・移動などが原則禁止になっており、罰則規定もあります。

この花を個人的に退治するにもいろいろと面倒な手続きがあるのが、さすがお役所仕事。
そんな面倒なことをするのなら、見て見ぬふりをしようとなるのが人情でしょうに。

そんな手続きは知らなかった、と言えば済む話だと思います(たぶん)。
種ができる前に刈り取り、袋に入れ、袋ごと焼却処分が原則です。
宿根草ですから翌年も芽を出します。その段階で除草剤を撒いて根まで枯らします。

キレイな花なので除草・根絶は気の毒と思いますが、多様な植物世界を守るためにはやむを得ないことだと思います。

     草いろいろ おのおの花の 手柄かな 芭蕉(笈日記)

いろいろな人がいてそれがいい。いろいろな宗教があったってそれでいい。
肌の色が違い、瞳の色が違う人がいるのが当たり前。
感受性が違うからこそ驚き、楽しく、うれしく、学ぶことが多々あります。
そんな多様性を守ることが今は大切な時代のようです。


  
 

★やっと卯の花が咲いた

卯の花
    下向きに尖った花弁が5枚。重なって咲くので豪華で華麗。

今年はウノハナの開花が遅れています。
それと並行して、ホトトギスの初鳴きも遅れていました。

  ほととぎす 鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる  (千載集 巻三 夏)
                                    百人一首81 後徳大寺左大臣

春を告げる鳥がウグイスならば、夏の到来を告げる鳥がホトトギスです。
それゆえ、時鳥 でもホトトギスと読むのだと高校1年の古文の時間で習いました。
もちろん、そのころはホトトギスの鳴き声など知らず、興味もありませんでした。

その後、山歩きを多少するようになり、高尾山縦走の時にテッペンカケタカという特徴的な激しい鳴き声に「あれは何だろう」と気になったのが興味を持った最初です。

平安貴族は実労働生活とは無縁の暮らしをしていましたから、おかしなことが流行します。
夏の渡り鳥であるホトトギスの初鳴きをいつ聞いたかを競い合いました。
そのために、もう聞こえるだろうと予測をたて、徹夜までしたそうです。

わたしは最近早寝早起きになり、思わぬ時刻に目覚め、やむなく時間を過ごすことがあります。
テッペンカケタカという初音を聴いたのは5月19日の未明ことでした。
旧暦でいえば、卯月24日。
もう卯の花の咲く月、卯月も終盤の頃で、明け方の下弦の月でした。
はからずも、後徳大寺左大臣の歌の situation シチュエーションと同じ体験をしました。

ついでに言えば、卯の花の匂う垣根に と歌われていますが、本当は卯の花は香りがない。
実際、画像のウツギは確めてみましたが、何の香りもしません。
「夏は来ぬ」の作詞者、佐々木信綱のミスだったかと言えば、そうではないという主張もあります。

  青丹よし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり  万葉集巻三328,小野老

「夏は来ぬ」も同様に、実際には匂っていなくとも、匂うがごとく咲き誇っている という表現が昔からある――それが佐々木信綱の趣旨だと言うのですが、さてどうでしょうか。

しかし、先だって夕刻に散歩した時、角を曲がった折に何だろうこの香りは?と思いました。
そこには卯の花が咲いていました。
風の穏やかな湿度の高い夕暮れでした。

おや?ウツギの香りなのかなと一瞬思いましたが、ウツギの隣にはハコネウツギが咲いていました。
ハコネウツギの香りかもしれません。
近くにトベラや野茨の白い花も咲いています。どちらも良い香りがします。
やはりウツギの香りではなかった、これが結論です。

ところがハコネウツギの他にも香りが高いウツギもあります。梅の花を豪華にしたようなバイカウツギならば良い香りが周囲に漂います。
信綱が歌ったウツギの垣根はどのようなものだったのか、それが判然としないので、この歌詞は謎だとしか言いようがありません。

蛇足  --4月の花札 藤にホトトギス
            4月
花札では4月の花はウツギではなくフジです。藤の方がビジュアルだから選ばれたのでしょう。
今、山野では藤の花が見ごろになっています。そして4月であることを示しているのがホトトギス。
ぜったいホトトギスには見えない奇妙な鳥が描かれています。ホトトギスを見たことのある人はほとんどいませんから、これで通用したのでしょう。
ホトトギスの背景にあるのが赤い下弦の月。有明の月であり三日月ではありません。するとこのデザインは百人一首81番を踏まえたものだと考えられ、なかなか高尚なデザインです。
(藤)とチョウ(時鳥)のしりとりになっているのもしゃれています。


 

★菖蒲(あやめ)の花が咲いた

菖蒲
     目立たない花が咲くのが昔ながらの菖蒲(あやめ)

菖蒲はショウブと読むのか、アヤメが正しいのか、難しい。
菖蒲 ショウブ は音読みで中国語由来。アヤメが和語。
万葉集の時代、“安夜女具佐 アヤメグサ” といえば画像のアヤメでした。

根や茎に芳香があり、それが邪気を払うと信じられ、小さなくす玉や髪飾りにする習慣がありました。
京都三大祭りの葵祭はカンアオイという目立たぬ花、正確にはカンアオインの葉で飾り付けたのと同様に、端午の節句には目立たぬアヤメの茎葉が使われたのでした。
髪飾りの花と言えば、ハイビスカスのような派手な花を思い浮かべる現代人とは美的感覚が少しちがうようです。

天照大神(アマテラスオオミカミ)が天の岩戸に隠れて世界が暗闇に包まれた時、アメノウズメがストリップまがいのダンスで大神をおびき寄せた、そのスタイルは頭にカズラの髪飾りでした。
花の髪飾りではないのが、神話の時代からの伝統です。

画像のアヤメは水辺に咲きます。
同じく水辺に生え、紫色のきれいな花を咲かせるのがカキツバタ(杜若、燕子花)。尾形光琳の国宝「燕子花図(かきつばたず)」を一番下に示しておきました。
だれが見ても別物だと区別できるのに、甲乙つけがたく、区別できないことを、いずれがアヤメかカキツバタ、というのはなぜでしょうか。

この慣用語句の元歌は、
     五月雨(さみだれ)に 沼の石垣水こえて いずれかあやめ 引きぞわづらふ 
という源三位頼政の歌です。

ヌエという妖怪、猿顔で、胴体は狸に似て、手足には虎の爪があり、尾は蛇のような姿をして宮中を煩わせていたそうですから、今でいうキメラ。その正体不明の化け物を退治したのが源頼政。
そのご褒美に、日ごろから思いを寄せていた上皇の侍女、菖蒲御前との婚姻を許される。
ところが上皇は意地悪で、菖蒲御前と同じ年頃で同じ服装をした美女をそろえ、その中で誰が菖蒲御前か言い当てたならば、その結婚を許そうとという。

切羽詰まった頼政が思わず口にしたのが、上記の歌。
その歌に思わず頬を染めたのが菖蒲御前。それを見た頼政がみごと菖蒲御前を言い当ててメデタシ、メデタシ。

五月雨の増水の際はどちらも水辺のアヤメとカキツバタは葉先しか出ていないので判別が難しいという意味です。カキツバタの花が咲いていれば誰だってすぐ判別できる。だからこの歌は本人を良く知らないので、葉先だけではよくわからないと正直な心をうたったものでしょう

ところが、いつしか湿性のアヤメは陸生のハナアヤメと混同されるようになり、先の慣用句は花の違いを区別するのは難しい、花の優劣は決めがたい、という意味になってしまいました。
今では陸生のハナアヤメが単にアヤメと称され、湿性の昔ながらのアヤメは「葉っぱのアヤメ」と主客転倒し、江戸時代からはハナショウブが大流行して、何が何だか分からなくなってしまいました。

ちょっと見では区別できない花を区別するコツは、ここというポイントを押さえることです。
水辺の本物の菖蒲は画像のように葉っぱだらけ。葉の中央に葉脈があり、それが剣を思わせる。
アヤメは陸生で、花は紫色。花びらの付け根に複雑に交差したアヤメ模様。
カキツバタは水生で、花は濃紫。花びらの中心に白い模様が一筋。葉はのっぺり。

ハナショウブや最近はやりのジャーマンアイリス、ダッチアイリスについてはまた別の機会に。
一つひとつ、確実に覚えていくのが早道です。
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      カキツバタは濃紫一色