★「いじむ」から「いすみ」へ(3) 

 
 夷隅の風景とうり二つの島根県伊志見郷 画像元→●

=夷隅(イスミ)郡の故郷は出雲の伊志見(イジミ)郷= 
わたしが住む千葉県いすみ市はかつて上総(カズサ)の国の夷隅(イスミ)郡と呼ばれました。
そして大昔、『古事記』では「伊自牟(イジム)」、『日本書記』では「伊甚(イジミ)」と呼ばれた「国」でした。
伊甚国の国造(クニノミヤツコ=古代地方国家の首長)は出雲系であると『古事記』にあり、そして出雲国(島根県)には伊甚(イジミ)神社があることから、古代伊甚国は出雲の伊甚地方の人々によって開拓され、建国されたという説があります。
 
 伊甚神社――島根県宍道町伊志見188 画像元→●

この説を少し詳しく見てみましょう。
伊甚神社は『出雲風土記』では「伊自美社」と書かれ、平安時代の『延喜式』には「伊甚神社」と記載されている由緒正しい神社です。現住所からその所在地は江戸時代の伊志見(イジミ)村であることがわかります。
一方、上総夷隅郡は古代律令制度下では上総夷灊(イジミ)郡となります。灊の漢字が読めないので平安時代の辞書である『和名抄』では「伊志美」、また『小右記』では「伊志見」とあり、「いじみ・いしみ」と読むことがわかります。
これをまとめると以下の表になります。
      (上総)      (出雲
      伊自牟――――――伊自美
       伊甚――――――伊甚
       夷灊――――――(該当なし)
      伊志見――――――伊志見
      伊志美――――――伊自美

つまり上総伊甚国(夷隅郡)と出雲伊甚神社はきわめて濃厚な対応関係にあります。
両者は無関係、他人のそら似とはとても言えません。
出雲の伊甚神社を信仰するグループによる上総開拓があったことを強く示唆しています。

この説をさらに補強する事例を紹介しましょう。
伊甚国の中心だったと想定されるいすみ市夷隅町国吉には、なんと出雲大社と日御崎(ヒノミサキ)神社があり、ここが出雲と関係深い土地だと示唆されています。
出雲の伊甚神社の緯度は35.39°、一方、夷隅町の出雲大社の緯度は35.28°であり、古代天文学から言えば、これはもう同一緯度と言っても良いでしょう。出雲の伊甚と上総の伊甚は同一緯度上に存在するのです。

上総一ノ宮の玉前神社の元宮と称する神社が岬町中原の玉崎神社で、その緯度は35.32°ですから出雲伊甚神社の緯度になお一層近似であります。
そして玉崎神社の神官は代々物部氏の子孫が勤めるといいます。
物部氏と出雲とは無関係ではありません。
物部氏系図には出雲色大臣(イズモシコオノオオオミ)命という(神話上の)重要人物がおります。
物部氏は出雲になんらかの権益を持っておりました。

物部氏の神社は奈良県天理市の石上(イソノカミ)神宮。祭神は「フツノミタマ」ですが、利根川南岸である下総国の一の宮・香取神宮の祭神でもあります。
利根川周辺には鳥見神社という物部氏の祖先神ニギハヤビを祀る神社が多数あります。
ざっくり言えば、房総半島は古代物部氏によって開拓されたと言えます。
忌部(インベ)、膳(カシワデ)、加茂(カモ)、中臣(ナカトミ)など諸氏も房総に深く関与していますが、大ざっぱに言えば出雲・物部系氏族が優勢です。

物部氏は武器を職掌とする氏族ですから、刀剣の材料である砂鉄産地とその製鉄技術者集団と深い関係があります。出雲は砂鉄の産地で多々良式製鉄法が今日にも伝わっています。
そして夷隅から常陸(茨城)にかけての太平洋沿岸は優良な砂鉄の産地でもあります。
物部氏による房総開拓は砂鉄が目的だった可能性があります。

上総一の宮・玉前神社の例大祭は釣が埼海岸で行われます。伝説では神々の上陸地でありますが、物部系伊甚神社グループが初めて上総に上陸した海岸であると考えることが妥当でしょう。

伊甚と夷隅が同一緯度ということは太陽の高度が同じということで、星の見え方も季節の変わり方も似ていることでしょう。
さらに画像を見てください。何も知らなければいすみ市の田園風景ですが、これは松江市の伊志見の景色です。
低い山が連なり平地(湿地)が広がっている景色を見て、出雲からの開拓者は故郷によく似ていると気に入ってここを「伊自牟・伊甚」と名付けたのでしょう。
しかも出雲の伊志見地区は重粘土質であり、昔から良質のコメがとれることが知られているそうです。
そして上総のいすみ市も同じく重粘土質で「いすみ米」の評価は高い。

前々回、「イジミの国」は「紅花が染みる国」だと述べました。夷隅郡(隣の長生郡も)古代は紅花の産地でした。
古代の紅花は商品作物ではありません。中央政府に納税するために栽培される国家管理の作物でした。
そして出雲も紅花の産地であり、紅花を納税していました。(『延喜式』巻24「主計上」)
出雲と上総は紅花という点でも共通点がありました。
二つの地域は遠く離れていても、赤い糸で結ばれていたのです。

とまぁ状況証拠を山盛り一杯積み上げてみましたが、直接的な証拠がないのが残念です。
状況証拠だけで某女性は死刑判決、某政治家は無罪判決。
夷隅の故郷は出雲の伊甚か? あなたの判決はいかに!
                                       (この項おわり)

 

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