★「いじむ」から「いすみ」へ(1) 

       
  この漢字の音は「シン(ジン)、セン(ゼン)」 訓読みで「しむ、しみ」
  紅花画像はWiki より転載

いすみ市は夷隅郡の夷隅町・大原町・岬町が平成の大合併で生まれた市です。
「夷隅」の文字から連想して、この地域は中央から見て「東の野蛮人が住む房総の端っこの地域だ」と説明する人がいます。たしかに字面(ジヅラ)からはそう読めます。

ところが「夷隅」は江戸中期以後の表記で、それ以前は大宝律令(701年)以来ずっと「夷灊」でした。「灊」という漢字があまりに複雑で難しいので「隅」となったものです。

大宝律令より以前は伊甚(イジミ)国で、それよりもさらに昔、6~7世紀の頃は伊自牟(イジム)国といわれました。これを表にすると

     伊自牟 → 伊甚 → 夷灊 → 夷隅 → いすみ
     いじむ → いじみ →いしみ→いすみ → いすみ

と変化してきたことになります。

伊自牟は『古事記』712年の表記、伊甚は720年『日本書紀』の表記。
この間、713年に地方の国名を漢字2文字にせよという命令が出たための表記変更です。
伊の部分はそのままで、自牟(ジム)が甚(ジン)に置き換わりました。
ジム→ジンの変化はそれほど無理はありません。
問題は『日本書紀』が伊甚をイジミと読ませていることです。
甚をジミと読ませるには無理があります。

そこで「いじむ・いじみ」とはどういう意味か、考えてみました。
これを「い+じむ」「い+じみ」に分解してみます。
語頭の「い」は発語、勢いであって意味はなく、問題は「じむ・じみ」です。
これは「しみる」「にじむ」の古語「しむ」(動詞)、「しみ」(名詞)だと考えられます。
だとすると、「いじむの国」(=動詞)でも「いじみの国」(=名詞)でも、読み方はどちらでも構わないということになります。

では、何が何にしみた国だったのでしょうか。
この地域が奈良・平安時代は紅花の産地であり、紅花と紅花で赤く染めた布の産地であったことに関係あるのでしょう。
当地から紅花を税として都へ収めた記録が残っています。(『延喜式』巻24「主計上」)
イジムは紅花で赤く染まる国、イジミは紅花の染料で布が赤くしみた国だった。
現代語でいえば紅花で赤く「にじむ」国だったと考えられます。

有名な山形の紅花は実は房総を追われた長南氏が山形に種を持ち込んで広めたそうで、最近、お隣の長南町では本家の誇りとして「紅花祭」を盛大に行っております。

さて大化の改新(645)大宝律令(701)によって日本は中国式の中央集権国家に変質し、伊甚郡が夷灊郡に表記変更されます。
中央から見て東国は「夷」(い、えびす=東国の野蛮人)だから伊→夷に変更。
甚は同じ音の灊に変更。灊は「しむ・しみ」という意味なので、単に音を借りただけの甚よりもふさわしく、かつ重々しく権力者好みの漢字だったのでしょう。
                             (来週金曜日につづく)
 

 

関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント