★ようやく梅が咲きました 

 
   飯縄寺の紅梅・白梅

立春を過ぎたのにまだまだ厳しい寒さが続いています。
それでも一昨日(7日)は4月上旬の気温になり、梅の花がパッと咲きました。
散歩の途中で飯縄寺に立ち寄ってみますと紅梅は満開で、白梅は一輪咲いておりました。

昨年よりも2~3週間遅れですから、今年がいかに寒いかがわかります。
周囲はまったくの冬景色で枯草ばかりが目立ちますが、朝夕は陽が伸びてきたことは実感します。
梅の花もいつまでも寝てはいられないとばかりに咲いたのですかね。
ここまでくれば一斉に咲き始めることでしょう。

旧暦の正月に咲くのでおめでたい花の代表とされます。
もともと日本在来の花ではなく、奈良時代か、それよりも以前に中国から輸入されました。
中国では“花”といえば“梅”でしたから、唐風文化=中国文化が時代の最先端であった頃は日本でも“花”といえば“梅”でした。

平安時代中期以後になるとしだいに“花”といえば“桜”になってしまいます。
百人一首で有名な次の小野小町の歌の花も桜だとされています。

  花の色は うつりにけりな いたづらに わが身 世にふる ながめせし間に

しかし、わたしは桜ではなく梅だろうと考えています。その根拠は

1.梅の花=楊貴妃のように梅は美人に例えられるが、桜=美人はあまり聞かない。
2.梅の香りもまた美人を暗示させるが桜に香りはあまりない。
3.小町は小野妹子・小野道風などの小野一族の出身で、京都の小野の里といえば
  昔から梅園で有名である。
4.桜は咲いてすぐ散るせっかちな花で、高貴な女性のたとえとして不適切。
5.桜の花は色が劣化する前に散ってしまう。梅はしぶとく残っている。
6.容色が衰えることを色香が薄れるという。色も香りも優れた梅が適切。

とまぁ国文学の大先生に逆らって花=梅説を一人で唱えています。
年の初めに梅が咲き、行く年来る年を改めて考えてみると、ずいぶん長く宮中に仕えてきたもんだという感慨の歌だと思っています。
やや枯れかかり茶色になった梅の花を見て、自分も年齢を重ねてしまったと思ったのでしょう。

もっともこの歌は嘆き節というよりは
  「小町さん、何おっしゃるんです。まだまだお若いじゃないですか」
と、相手が反論してくることを期待した歌のように思えます。
いつまでも若い、と言ってもらえるのが自慢なのでしょう。

 
 

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