★逆光の枯れススキは美しい 

 
   散歩道にて朝日の中のススキ

近辺の生産調整で耕作を放棄した土地や、そもそも前から未利用地だった場所にススキやオギがびっしりと生えています。
それはなかなか壮観な景色で、枯草なのに美しさが感じられます。
ススキにはマツムシが住みつくので、刈り取らないでほしいと願っています。

ススキとオギを区別することはそう簡単ではありません。
オギとススキは区別するには、厳密には穂を手に取って一つひとつの穂花を点検します。
 *一つひとつの穂花からノギという細い筋が飛び出ていればススキ。なければオギ。
 *手で触って少し触りがあるのがススキ、ホンワリと手触りが良いのがオギ。
 *穂が若いとき、薄茶色や青味がかっているのがススキ、まっ白はオギ。

経験を積めばすぐわかるのですが、ちょっと目には難しいし、混在している場合も多い。
ちょっと目で、ススキとオギを区別する方法もあります。
 1.乾燥した野原にあるのがススキ。湿地帯はオギ。
 2.株元を見て、ごっそり葉があればススキ。一本一本独立していればオギ。

この区別法を知っていると、河原の土手ならばススキ。堤防の内側、湿地帯ならばオギだと推定できます。
また“証城寺の狸ばやし”はオギではなくススキだと断定できます。
ちょっとオカシイのが『船頭小唄』(野口雨情作詞、中山晋平作曲)。
河原に生えているのはススキではなく、オギでしょう。もっとも「俺は河原の枯れオギ」じゃ歌になりません。

いすみ市大原の海浜公園には、矢代東村の歌碑があります。

  潮風に ひがな一日吹かれてる こゝの岬の枯草のいろ     矢代東村

東村は地元、いすみ市大原出身の歌人で、「こゝの岬」とは大原の八幡崎のことでしょう。
「枯草」の種類は明示されていませんが、原野のススキ・オギ・アシ、あるいは草紅葉となったチガヤかもしれません。

プロレタリア歌人である東村は不況・凶作と戦争に向かう厳しい時代にあって、枯草と自分とを重ねて見ています。風に吹かれているのは枯草であり、自分であり、多くの国民です。
東村はじっと耐えている枯草に強さと美しさを感じており、今は身動きできないが必ず来る春を枯草の中に感じていたのだろうと思います。

 

 

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