★夢窓疎石(ムソウソセキ)の金毛窟(キンモウクツ)

           
 
いすみ市の能実(ノウジツ)にある大高寺に夢窓疎石が修業した洞窟があります。
夢窓疎石の遺構がいすみ市にあると聞いたときは耳を疑いました。
わたしが知っている夢窓疎石は禅の高僧で京都・鎌倉の寺院庭園の作者でした。
京都では天龍寺、苔寺、等持院。鎌倉では瑞泉寺など。
臨済宗の超一流の禅僧であり、作庭芸術家の疎石がなぜ上総といわれた昔のいすみ市に滞在し、しかもその滞在場所が「金毛窟」と呼ばれるのはなぜか、見当もつきませんでした。
今回はその調査レポートです。

金毛窟とは疎石が座禅修行をした洞窟の名前です。金毛窟の名前の由来は、
教育委員会発行の『いすみの民話』の解説に「金毛の獅子踞地(コジ)せず」からきていると書いてありますが、これではさっぱりわかりません。

仏教では金毛の獅子とはお釈迦様自身をさします。獅子吼(シシク)とは百獣の王ライオンがひとたび吠えるとすべての動物がひれ伏す、そのような叫び声を言います。お釈迦様が一喝すればすべてひれ伏すという意味にもなります。
「踞地」とはライオンが相手をねらう時に姿勢を低くして力をためる、その姿勢のことです。
「金毛の獅子踞地せず」とは仏法の悟りを得るためにはそんな姿勢はとらない、力まない、自然体が大切だという自戒の念をこめた命名ということになります。

これは疎石の独創ではなく、疎石が敬愛し、理想とした中国臨済宗の禅僧・中峰明本(チュウホウミョウホン)に由来します。
明本は若いときに浙江省の天目山獅子巌で修業を積み、悟りの境地に達して高名がとどろいても、どこの寺院にも安住せずに渡り歩いたとされています。自ら「幻住」 と称して遊歴と隠遁の生活を送りながら仏法を広めたそうです。

明本の「獅子巌」と疎石の「金毛窟」は同じ趣旨の洞窟名とみてよいでしょう。
明本は皇帝からの招聘も断ったそうですが、疎石も後醍醐天皇の招きを断ります。
病気と称して「巖谷に隠れて出世を願 わず」と固辞したそうですから明本の人生をなぞっているわけです。

後醍醐は鎌倉幕府に圧力をかけ、幕府はいすみの御家人・二階堂行元に圧力をかけました。迷惑の輪が広がることを恐れた疎石は招きに応じ京都に赴きます。
しかし、一つの寺に留まることなく「幻住」生活をつづけました。関東から京都に至る各所に疎石の足跡があるのは、明本の生き方を自らの生き方と重ねていたからなのですネ。まさに「行く雲、流れる水」の人生です。

疎石はいすみ市に滞在中、座禅の合間に葦やマコモの茂る湿地を水田にする土木工事の指導を行い、豊かな実りのある地に変えたと伝えられています。京都に去る際、この地を「能実(よく稲の実が稔る)」と命名したそうです。

二階堂氏は甲州の出身で、その縁で武田氏の菩提寺・恵林寺の創建にかかわります。また、いすみ市の二階堂氏のバックアップで再興されたお寺が「波の伊八」で有名な近くの行元寺(ギョウガンジ)で、行元寺の名は二階堂行元に由来します。

現在の金毛窟は風化・崩落を恐れて補修されています。復元補修ではなく、コンクリで周囲を固めたのは予算がなかったからでしょうが、興ざめです。
それでも内部は当時のままで、奥の壁面に疎石が彫り込んだ「金毛窟」の文字がかろうじて読めます。
何も知らなければ文字も読めないし、右書きだし、ばか者が壁にいたずら書きを彫り込んだと思うことでしょう。

疎石はここを金毛窟と名付けることで修業時代に区切りをつけ、布教生活に入ります。
金毛窟は疎石の僧侶人生の記念すべき出発点でした。
生涯にわたり、歴代天皇より国師号(夢窓・正覚・心宗・普済・玄猷・仏統・大円)を賜り、「七朝帝師」とも称された禅僧はほかにはいません。

蛇足ですが、夢窓疎石を夢窓国師(むそうこくし)と尊称します。
これを逆にすると「こくしむそう」=国士無双という麻雀の役満になってしまいます。

これはすべての牌が一九字牌でそろい、13面待ちという役で、疎石の人生に似ています。
人が好まぬ一九字牌ばかりを集め(地方めぐりをし)、やがてその履歴がそろうと他の追随を許さぬ立派な経歴となってしまった。
元々、国士無双とは「我が国に二人といない立派な人物」という意味ですから、本来の意味で夢窓国師は国士無双といって良いでしょう。

もう一つ蛇足。千利休が切腹の原因となったといわれる京都・南禅寺 大徳寺の山門は正式の名前を「金毛閣」といいます。
「金毛閣」と「金毛窟」。建築物と洞窟の違いはあれ、同じ趣旨で命名されたとみて間違いないでしょう。
南禅寺 大徳寺は臨済宗のお寺で、疎石もそして中峰明本も臨済宗僧侶です。それは地位や名誉、あるいは権力や意気込みとは無関係な修業の場という意味になります。
すべての世俗の権威を超越する茶道(=禅)の立場からは秀吉に屈服し謝罪することなどありえない話だったのです。

◆訂正:文中「南禅寺」は「大徳寺」の誤りです。読者からご指摘いただき訂正しました。
 
 
 

関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント