★海から来た仏様(2)―飯縄寺 

 
        本堂正面の額の天狗面

いすみ市の和泉にある飯縄寺(ハンジョウジ・イヅナデラ)は天狗のお寺として有名です。
祀られているのは「飯縄大権現(いづなだいごんげん)」で、白狐に乗って剣と索(ロープ)を持ち、烏天狗たちの親玉として神々しくも奇怪なお姿をしています。→【参考画像】

この飯縄様も海から来たという伝説があります。『岬町史』記載の『寺院明細帳』の内容を簡略に意訳すれば
――このお寺は平安時代の大同年間に慈覚大師が創建したと伝えられ、当時は阿弥陀如来を本尊とする「満蔵寺」でした。(中略) 室町時代、第九世住職豪什師の時、太東崎先に運気が立ち上り、漁師が網をかけてみましたが魚は一尾も入らず、かわりに光を放つ奇像がとれました。
漁師は驚きあわて、奇像を抱いて住職に届けたところ、住職は一目見てそれが飯縄不動尊だと悟りました。
それで住職は村人とともに太東崎に草庵を作って安置し、草庵の住職も兼務しました。以来しだいに発展していき、無動院飯縄寺と号するようになりました。――

つまり飯縄寺の前身・万蔵寺と無動院飯縄寺は別の場所にありました。これが一つの敷地で同居するようになったのは元禄の大津波だという話があります。
『岬町文化史年表』によれば、―――飯縄寺は往古、大東岬の上にあったが、この津浪の害を受けて、現在地に移築した。―――

ところが、住職の村田さんは「津波で破壊されて移築という話が流布されていますが、移築は大津波以前のことであり、“遷座すべし”というお不動様のお告げによったものです。津波の予言だったのではないでしょうか」とおっしゃいます。
旧敷地は現存しており、シキミが多数繁茂しているとのことですから、大津波で壊滅的な被害を受けたということはなさそうです。
また「飯縄様は、室町時代に当地一帯を支配していた土岐氏が武運長久・火攻めの神様である飯縄様を当寺でも祀るようにと頂いたものです」ともおっしゃっていました。

史実としては住職様のおっしゃる通りなのかもしれませんが、江戸時代庶民は「海からお不動様が現れた」という飯縄様不動尊(大権現)を信じていたことは確かです。
それは「オラたちを守ってくれるために海から寄ってきたのだ」という確信にまでなっていただろうと思います。

しかし海から仏様が現れることは本当にあるのでしょうか。
たとえば浅草の観音様も、推古天皇の時代に江戸の浜辺で漁をしている時に現れたと言われ、ほかにも類似の縁起を持つお寺はいくつもあります。
来週は隣町・東浪見(トラミ)に伝わる話、波に運ばれてきたお地蔵様の話です。

 

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