★牛若丸の大ナマズ退治 

   
  轟橋(トドロキバシ)欄干のレリーフ

江戸時代の庶民は大ナマズが地震を起こすと信じていました。
いすみ市では大地震のみならず、山崩れや大洪水も大ナマズが暴れるから起きるのだと信じていたようです。
その大ナマズを退治したのが鞍馬寺を脱出して奥州・平泉に行く途中の牛若丸一行だったという伝説があります。

夷隅(イスミ)川は岬町に入ると沖積平野なので高低差があまりなく、川は勢いにまかせて激しく蛇行し、何度も洪水を繰り返しました。
その夷隅川には大ナマズがすみつき、村人たちに酒をよこせ、ご馳走をよこせと要求し、はては若い娘をよこせと無理難題を押しつけてきました。
それを断った村は堤防が決壊して洪水に襲われました。大ナマズが暴れて堤防を壊したからです。
大ナマズは今度は榎沢村に目を付けて無理な要求をしてきました。名主の娘は評判の美人で、それに気づいたナマズが名指しで要求してきたのです。
村人は集まって酒もご馳走も用意できるが娘はやれぬ、それでは堤防が崩される、ではどうしたら良いのかと堂々巡りの話し合いを続けていました。
その話を聞いた名主の娘は、「わたしが行きます」と健気に応じたので、村人はみんな黙ってしまいました。

その日が来ました。村人はお酒やご馳走を大ナマズに与えて酔わせてごまかそうとしましたが、大ナマズは娘を早くよこせと要求します。名主の家では人々が集まってさめざめと泣いています。
そこへ通りかかったのが牛若丸一行でした。牛若丸は近くの清水観音に参詣する途中でしたが、村人たちの異様な雰囲気を悟り、
「訳あって名は名乗れるが、何か役に立つことがあれば加勢いたそう。いったい何があってそう嘆いておるのだ」とたずねました。
村人たちから事情を聞いた牛若丸はナマズ退治を請け負いました。
清水観音から大きな釣り鐘を弁慶が運び出し、牛若丸は女装致します。
しびれを切らした大ナマズが「娘はどうした?暴れるぞ」と騒ぎだした時、岸辺に娘の姿が現れます。
喜んだ大ナマズが川から顔を出したその瞬間、弁慶がナマズめがけて大きな釣り鐘を放り込み、それは見事に命中しました。
ブクブクと泡を立てながら大ナマズは釣り鐘と一緒に深い淵に沈んでいきました。
それ以後、この村は洪水に見舞われることはなくなったそうです。
この淵は「鐘が淵」と呼ばれるようになります。それでも鐘の中に閉じ込められた大ナマズが暴れるのでしょうか、時々不気味なウナリ音が川から轟(トドロ)いてきたそうです。
今ではその音もすっかり聞こえなくなり、その淵には新しく橋が架けられました。
その橋の名が「轟橋」と名付けられたのは、昔、そのようなことがあったからです。

岬町和泉には天狗のお寺として有名な飯縄寺があります。飯縄寺には鞍馬山の天狗の縁者として牛若丸が一時滞在したという伝説があります。
その滞在中のエピソードとして大ナマズ退治の伝説が残されました。

2011年は歴史に残る年です。3月の大地震・大津波と原発事故。9月に台風の大洪水。
ドジョウ内閣が成立しましたが、ドジョウが大ナマズを退治できるのかどうか、心許なさを感じているのはわたしだけではないでしょう。

 

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