★万木城悲話(1) お福様 

 
   何も知らないと不気味に見えなくもない(海雄寺蔵)

いすみ市には戦国時代末期に上総土岐氏の万木城(マンギジョウ)がありました。
いまは城址公園となり、天守閣を模した奇妙な展望台があります。そこから晴れていれば東に太平洋、西に富士山、眼下に農村地帯を見渡せる景色のよい場所です。
その近くの海雄寺(カイユウジ)は土岐氏の菩提寺であり、全長5mの青銅製の釈迦涅槃像があります。その脇にひっそりと「お福様」の像が祀られていることを知っている人はあまりいません。

万木城城主・土岐太夫こと土岐頼春の一人娘・福は十八歳。あまたくる婚姻の申し込みをすべて断っていたのは観音信仰に深く帰依していたからでしょう。
お福はしばしば城を抜け出しては乞食や巡礼に姿を変え、領内を巡っては戦場で倒れた無名戦士に経を手向け、貧しい領民に施しをしていました。あるいは父母を亡くした戦争孤児を慰めるためにと一緒に遊んでおりました。
お福がどんなに姿を変えても本当はお城のお姫様であることを領民は知っており、そうした彼女を領民は観音様の化身としてあがめ感謝し、慕っておりました。

お福さんがくると子どもたちは一緒にぞろぞろと歩きました。こんな歌を歌いながら。

    お福女さまが通る
    お福女さまが通る
    すすきが原の桔梗花
    観音様のお使いよ

桔梗花とは土岐氏の家紋である桔梗の花を、美しいお福様に例えたものであります。
わたしが万木城を訪れた時は、たまたま祭礼の日で、子ども神輿(ミコシ)には金色の桔梗紋が打ち付けられておりました。

房総半島内部で互いに食うか食われるか、同盟と裏切りを繰り返してきた戦国の世は、いわば突然に終息へと向かいます。
秀吉が小田原の北条氏を攻め、土岐氏など地元勢力も多数小田原に集まり籠城しました。
その手薄になった房総半島に攻め込んできたのは本多平八郎忠勝を筆頭とする徳川勢でした。その勢いはまさに当たるところ敵なし、怒涛の侵略で「いろは落とし」と伝えられています。四十八を数えるお城が次々に陥落していったのです。

夷隅川を外堀とし、険阻な山並みを城壁として難攻不落を誇った万木城も数万の徳川勢に取り囲まれ、頼春は討ち死にを覚悟したようです。福姫も最期を共にすると願い出ましたが許されません。抜け道を使って夷隅川に出れば、そこに船が用意してあるから小浜城に脱出せよと命じられました。
万木城には数多くの抜け道が用意され、籠城の際の補給路とされてきました。今回はその秘密の抜け道を脱出路とするのです。泣く泣く父と分かれ、侍女数名と海雄寺方面に抜ける途中、後ろからひたひたと迫る足音を感じ、侍女たちはおびえます。それが敵であるのか味方であるのかはわかりません。
振り返れば山が真っ赤に燃えているように見えました。お城が炎上したのでしょう。福女は侍女を先に逃がし、ここが死に場所と覚悟を決めました。

万木城落城の後、残党狩りが行われました。海雄寺脇に女物の小物入れと大きな血の跡を徳川勢は見つけましたが遺骸はありません。彼らは付近を探索した後、小物入れを懐に入れて通り過ぎました。
それを物陰から見ていた村人はそこが行方不明になったお福様の自害の地だと信じました。観音様が自害したお福姫様を敵の目にさらすことを不憫に思い、姫の遺骸をいずこかに隠したのだと信じました。
村人はその地に花をささげ、線香をたむけました。村人はその後、改めて姫の生前の姿を写した木像を造り、亡き姫を慕い偲ぶことにしました。
木像になった福姫様は海雄寺で今も穏やかに村人たちの幸福な暮らしを見つめ続けています――。

この物語は夷隅町出身の作家野中美弥氏の『万木城炎上』(文芸社)を下敷きにしています。
伝説そのものは残念ながら調査が行き届かず、一部は想像で描きました。いわば伝説の再生産です。いずれ機会があったら書き改めたいと思っています。

なお福姫様が脱出した道は、海雄寺脇から土岐氏歴代墓所を通り、お城公園展望台まで続く「小鳥の道」として整備され、アップダウンのあるちょっとしたハイキングコースとなっています。
小鳥のさえずりを聞きながら往時を偲んでみるのもハイキングの楽しみ方の一つでしょう。

  

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コメント

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中村さん、コメントありがとうございます。寝釈迦様の横にあるお福様の像は昔の人が感謝と哀惜の念で作ったものでしょう。現代に生きる私たちもその志の一端でも担っていければと思います。 

素晴らしい。謎の多い一族ですね。女のために墓を作る感じがある一族ですね。私も寝釈迦様を観て墓参りした感想ですが…お福女様はゆめがあります。

takuさん、こんにちは。読者がいるのだなぁと思うとうれしく、励みになります。それと同時にあまりうかつなことはアップできないなとも思います。地域のことはだいたい毎週金曜日の予定です。 

いつも興味深く読ませて頂いています。万木城秘話2が楽しみです。