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★曼珠沙華と東浪見(トラミ)甚句 

 

太東の鳴山(ナリヤマ)を過ぎると東側は農村地帯となり、行政区はいすみ市から長生郡の東浪見へと変わります。
東浪見海岸からずっと北の飯岡海岸までが九十九里浜で、江戸時代から近代初期までイワシを中心とした地引網でにぎわいました。
いま東浪見海岸はイワシの姿は見えず、サーファーでにぎわっています。国道脇には大漁を祝った東浪見甚句の石碑が建てられていますが、国道沿いなので車はアッという間に通り過ぎてしまい、気づく人はあまりいません。

         東浪見甚句
   はぁ~ 太東岬で 入熊見れば 明日も大漁か 鳥の群

その石碑前には曼珠沙華が花盛りでした。
別名、彼岸花の名の通り、秋の彼岸の頃には咲き始めましたが、今年は開花が例年よりも1週間ほど遅いようです。これから咲こうとするツボミも数多くみられます。

くるくるとカールした細い花びらが多数放射状に開いた美しい花ですが、墓地に植えられたことから「死人花」と嫌う人も多いそうです。
球根に毒があるので、土葬だった時代にモグラやネズミから遺体を守るために植えたのですが、最近の墓地は公園化しており、曼珠沙華を見る機会は減りました。
それにともない、墓地との連想は希薄となり、外国産の曼珠沙華の仲間がリコリスの名で園芸店で広く販売されるようになっています。

リコリスの花の色は黄色やピンクなど各種ありますが白い花もあります。
曼珠沙華の本来からいうと、この白いリコリスこそ曼珠沙華の名にふさわしい。
曼珠沙華は古代インド語であるサンスクリット語の manjusyaka マンジュシャカ を漢訳したもので、曼珠だけを取り出すと、マンシュ と清音化し、京都の曼殊院が有名です。
曼珠の意味は「愛楽=仏の教えを乞い求める」だそうです。
一方、曼珠沙華はというと、仏様が説法を行った時に天から降ってきた花の一つとされています。いまでも由緒ある寺院では説法の時に「散華」が行われています。
その花の種類は四とも五ともいわれていますが、そのどちらにも曼珠沙華は含まれます。
そして古代インドでは黄味がかった白と理解されたようです。
ところが中国で「紅赤」となり、日本もそれを踏襲しました。

いずれにせよ、天界で咲く花が地上で咲いているわけですから、美しいのはあたりまえ。
昔の人は本当は天界で咲く花だと思ったようです。

 

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