★蓮そうめんの盆花(ボンバナ)飾り 

 
    蓮の葉の上に飾ってみました
   ホウヅキ、野三つ葉、ナスの花、チコリの花、マロウの花、山椒、ミソハギ

残暑お見舞い申し上げます。暑いですねェ。
お盆はソウメンと決まっているのは、ご先祖様との長い付き合いだとか、わたしたちが細くとも長生きできるようにだとかと言われています。本当はこの暑い時期にはのど越し爽やかで食べやすいからでしょう。

最近は盆花として様々な造花や生花が売り出されているけれど、もともとは野の草花をお盆の花として飾ったものです。
きょうは予行練習。蓮の葉を採集してきてソウメンを盛り、庭の野草化している花などを盆花として飾ってみました。
せっかくカットした花だからと全部飾ったから、ちょっとゴテゴテになっちゃいました。
どれもその気になれば食べられる花や葉です。

ホウヅキは「酸漿 」と中国風の漢字で書くけれど、「鬼灯」と和風漢字で書く方がこの季節には合います。
鬼は死者のこと。お盆に自宅に戻ってくる亡くなった父や母、祖父や祖母が暗い夜道を迷わぬよう掲げる花の提灯(チョウチン)として飾ります。
ミソハギは「禊(ミソギ)萩」、あるいは「溝萩」が語源だといわれるお盆の定番の花ですが、どういうわけかこの近辺では飾らないようです。

お盆は亡くなった方々との心の交流の日として存在します。
昨日の某新聞にお盆に関連して遠野物語の話が載っていたので、柳田國男の原文を句読点、改行、読み仮名などを加えて読みやすくして紹介しましょう。
柳田は実際にあった話だと記しています。

◆遠野物語 第99話    柳田國男
土淵村の助役北川清と云ふ人の家は字(アザ)火石にあり。代々の山臥(ヤマブシ)にて祖父は正福院といひ、学者にて著作多く、村のために尽くしたる人なり。清の弟に福二といふ人は海岸の田の浜へ婿に行きたるが、先年の大海嘯(オオツナミ)に遭ひて妻と子とを失ひ、生き残りたる二人の子と共に元の屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。

夏の初めの月夜に便所に起き出(イ)でしが、遠く離れたる所にありて行く道も浪の打つ渚なり。霧の布(シ)きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女はまさしく亡くなりしわが妻なり。思はずその跡をつけて、はるばると船越村の方へ行く崎(ミサキ)の洞ある所まで追ひ行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑ひたり。

男はと見ればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互ひに深く心を通はせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありといふに、子供は可愛くはないのかといへば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。
死したる人と物言ふとは思はれずして(死んだ人と会話しているとは思えず)、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦へ行く道の山陰(ヤマカゲ)を廻り見えずなりたり。

追ひかけて見たりしがふと死したる者なりしと心付き、夜明まで道中に立ちて考へ、朝になりて帰りたり。その後久しく煩(ワズラ)ひたりといへり。

明治29(1896)年6月15日、旧暦の5月節句の夜に 、三陸海岸の村や町は大津波に襲われ死者27,122人。その翌年の体験を聞き書きした作品です。

                  

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