★万葉の人々に愛されたチガヤ

 
     朝夕の銀色に輝く穂が美しい

5月になるとチガヤの穂が風になびき、それは風情がある景色とおもうのだけれど、現代人は「名もなき雑草」と思うのか、そのような草が路傍に生えていることさえ気づかない。
川崎の国道15線の中央分離帯にも生えているが、あっさり刈り取られます。

昔はチガヤが一面に生い茂っている場所を「浅茅が原」といい、奈良公園が有名ですね。
東京・浅草の観音様にまつわる伝説に「浅茅が原の鬼婆」があります。浅茅が原に一軒の家があり、そこに住む鬼婆が旅人を殺めていたという話。浅草近辺にも昔は浅茅が原があったことがわかります。

「浅茅生の宿」は雨月物語の一話。つれない夫を妻は待ち続け、節を通して衰弱死する。ようやく戻ってきた夫と妻の魂魄が再会する話。

どうもチガヤが生い茂る原は妖気が漂っているようです。
立派な家が落ちぶれると、ぺんぺん草も生えないなどと言われますが、「源氏物語」ではぺんぺん草ではなく、チガヤやヨモギが生えた家が権勢が傾いた家の象徴として表現されています。

チガヤが運命の象徴として扱われているのは、妖気が漂うからなのですが、この妖気はプラスに転化すると霊気になります。
五月の節句に食べるチマキは本来は笹の葉で巻いたものではなく、チガヤの葉であったからチマキといいます。チガヤの霊気・聖なる気を身体にとり込む呪術的な食習慣です。

つまり古代にさかのぼるほどチガヤの社会的地位は高く、しだいに低くなり、今や雑草になり果てました。姿かたちは古代から変わらないのに…。

社会的な地位が高かった頃のチガヤにちなんだ歌。
                         万葉集 第7巻 1347 詠み人知らず
     於君似 草登見従 我標之 野山之淺茅 人莫苅根
   君に似る 草と見しより 我が標(し)めし 野山の浅茅 人な刈りそね

“あなたに似た草だと思ったときから、浅茅の原に「私のものだ」という標(シルシ)をつけておいたチガヤだから、他の人は刈らないでください。”

恋人をタンポポやヒマワリに例えるのは現代ではよくある話かもしれませんが、チガヤに例えるのはめずらしい。古代ではそれほど素敵な草だったのでしょう。

 

関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント