★ムラサキツユクサとツユクサ

 
     ムラサキツユクサが咲き始めています

中学生の時、露草の葉の気孔を顕微鏡で調べる授業がありました。葉の表と裏とでは気孔の数が違うことを調べる授業だったと思います。
植物は気孔を通して呼吸するとも習いました。
ところが、この授業で使ったのは「ツユクサ」ではなく、「ムラサキツユクサ」だったことを都会育ちの私は知りませんでした。

この授業が印象深く、それ以来、ムラサキツユクサをツユクサだと信じてしまいました。
先生はちゃんと「ムラサキツユクサ」と言ったのに、オッチョコチョイのわたしが勝手に「ツユクサ」と思い込んだのかもしれません。
のちにツユクサを知るようになり、記憶にあるツユクサとはずいぶん違うことが疑問でなりませんでした。

ムラサキツユクサは朝、美しい紫色の花を咲かせ、紫式部という女性の印象もこの花とともにありました。実に日本的な花だと信じていましたが、明治初期に渡来した外来種だそうです。

考えてみれば
     「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

という秀吉の辞世はムラサキツユクサよりもツユクサの方がふさわしい。
ツユクサは日の出の頃から咲き始め、朝露に濡れているのでツユクサといいます。
午後にはしぼんでしまう一日花なので「はかなさ」のたとえに使われます。
あるいは、ツユクサから取った染料は光で容易に分解してしまい、その痕跡も残らないことから「はかなさ」のたとえになったとも言います。

ツユクサは畑の強雑草だから、辞世に「ツユクサ」とは語られていませんが、百姓出身の秀吉にはツユクサがふさわしい。
栄華の絶頂を極めた秀吉でも、わが身をツユクサの露になぞらえるほどの厭世観というか、仏教的な世界観に身を置いたかと思うと感じ入ることがあります。
当時ムラサキツユクサはなかったし、辞世としては豪華すぎて嫌味になってしまうでしょう。

  参考画像:ツユクサ
 画像元 http://www22.ocn.ne.jp/~tamukai/tuyukusa.html

 

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