★宮城県浦戸諸島・寒風沢島の被災レポート(1)

 
   南(左)集落は壊滅。北(右)はカキ生産作業広場。
   国土地理院3/19航空写真より引用。4月の余震で現況はさらに悪化。

【被害概況】
人口200人前後の島。3月11日の地震の後、津波に襲われ、25戸が流され、52戸が全壊。
2名が死亡し、1名が行方不明。漁船流失50。海苔養殖施設全壊。水田全地域冠水。
16日に市の職員がヘリで来島し、被害を初めて掌握するまで孤立無援。
18日から自衛隊ヘリによる物資供給などが始まる。現在も電気、上下水道は不通。
避難所宿泊者3個所140名から現在(4/27)は1個所80名ほどに。

45日目にしてようやく新幹線が仙台まで通じ、塩釜市営汽船も島まで通うようになったので被災した島の従兄弟を激励に行きました。
「何が足りないか」というこちらの質問に、従兄弟は携帯電話で「自衛隊が運んでくれたから何でもあるから心配ない。笑顔だけ届けてくれれば良い」と言っていました。
もっとも小声で「焼酎」と付け加えることは忘れませんでしたが。

現地はがれきの山で、報道されている各地の様子と変わりませんが、TVで見るのと現場で見るのとは迫力が違い圧倒されます。
桜が咲きウグイスが鳴いているのどかな島で、今日の海は何事もなかったようにおだやかです。ヘドロと砂が堆積した畑には水仙が咲き、ネギが青々と育っていました。
自然がいつものように時間を刻み、変わらぬ営みを続けているのに対し、人間が営々として築き上げてきたものは一瞬でなくなってしまいました
こうなると人生観そのものが揺すぶられます。

一見建物は無事であったように見える家屋も内部は惨憺たるものです。
津波の気まぐれで、直撃をくらった家は跡形もなく、その隣の家は無事だったりして神様は本当に不公平です。
島の人々も内心は複雑でしょうが助け合って暮らしています。
みんなが自宅の米や味噌、野菜、缶詰その他あるものを供出し、かろうじて残った野菜を摘み取り食事は他の被災地よりはマシのようでした。
ただ水道水がなく、泥まみれの家をきれいにできない、トイレはオマルという不便な生活をいまだに強いられています。

堤防が崩れ、水田地帯は知らない人が見ればただの海岸です。地盤沈下で海水が停滞し、蟹が遊んでいました。塩水が噴き出しています。
たった1個所だけ塩水が入らなかった狭い田んぼがありました。カエルがにぎやかに鳴いていました。
ところが海水に満たされた田んぼはカエルもメダカもザリガニも消えてしまい“サイレント田んぼ”でした。あるいは車や家具、どこかの工場から流れてきた物品などなどのがれきが流入したゴミため田んぼです。
生きている田んぼ、死んだ田んぼ。その対比が衝撃的でした。

 

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