★ため池の土手にはチカラシバ

 
     試験管洗いのブラシのような穂です

芝生(シバフ)というとゴルフ場の芝生、国立競技場のように西洋芝がきれいに刈り込まれたグラウンド・西洋風の景色を思い出します。
あるいは白い洋館に芝生の庭などが思い浮かぶでしょうか。
だから「おジイサンは山にシバカリに行きました」という日本昔話を今の子は理解できず、庭の芝を刈るのかと思い困惑するそうです。

シバとは古い日本語で「雑草・雑木」という意味でした。
昔の人は山に燃料用の雑木小枝を採りに行ったものでした。
二宮金次郎が背負っているのは薪・あるいは柴です。
きれいに揃っていれば薪、不揃いならば柴を背負っています。
どちらが正しいかなどは像の作者の勝手な解釈だから意味がありません。

畑仕事をしているとメヒシバ、オヒシバそしてこのチカラシバなどに悩まされます。
いずれも背の高さは50cm前後もありますから、西洋芝とは大違い。
この場合のシバとは雑草という意味です。
チカラシバとは、根張りがとても強くて力をこめて引き抜こうとしても抜けないシバという意味で名付けられました。漢字で書けば「力芝」
日本のシバは背が低くはない。むしろ高い。

エノコログサやメヒシバ、オヒシバ、チカラシバなどが生えている広場にゴザでも敷いて劇を見たことが「芝居(シバイ)」の語源。
有力者や招待客は桟敷席(サジキセキ)で舞台を見るが、庶民は雑草広場が指定席。
劇を見に行ってもシバの生えているような場所に居座るしかない。
芝居とはなかなか謙虚な命名だ。

「立ちかはり古き都となりぬれば道の志婆(しば)草長く生(お)ひにけり」
―――万葉集巻6-1048。田辺福麿(たなべのさきまろ)。

聖武天皇はノイローゼ気味で強迫神経症だったので、都をあちこちに移したり、大仏を造営したりで国家財政は傾き、庶民は大いに迷惑しました。
この歌は天平12年(740)恭仁京(クニキョウ)遷都で荒れてしまった平城京を懐かしんで歌ったもので、政情批判とも読み取れます。
歌中の「しば草」は現在のチカラシバだと学者は言っています。

こんな雑草にも歴史がありました。そう思って見てみると何有荘前の土手に生えているチカラシバもなにやら由緒ありげに見えてくるから不思議なものです。
 

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