畑は菜の花でいっぱい

   
       寒咲き菜の花

雪が降りましたネ。
立春の前、大寒の時期なのに咲いているのは寒咲き菜の花です。
菜の花はどちらかというと春は春でも晩春の季語ですから、寒咲き菜の花は江戸時代の人には驚愕の品種改良でしょう。

畑に寒咲き菜の花の種を播いたのは、まるで雑草園のような畑の見映えを少しは良くしようという魂胆からです。その目論見はある程度成功し、冬枯れの畑を見廻るのが楽しくなりました。

草が生えては枯れる、草が生えては枯れるという永遠の繰り返しの中で地面はしだいに豊かになっていくといいます。難しい言葉で “自己施肥機能” 。
植物は地面の水分と養分を元手に太陽と炭酸ガスで育ちますが、枯れると地面から摂取した養分に加えて【太陽と炭酸ガスで育った分】を地面に返します。
つまり利息をつけて地面に戻します。
それで地面は少しずつ豊かになるそうです。

ところが農業、特に畑作では収穫物を人間が地面に返さず横取りしてしまいます。
横取りを繰り返せば豊かな地面が貧しくなっていくのは当然です。
だから横取りした作物に見合う分だけは有機物を地面に戻し、地面に感謝のお礼をせねばなりません。

感謝の気持ちとして堆肥などを返すのが普通ですが、わたしはもう一つ、畑の雑草を抜かず、雑草様に働いていただき、雑草様が枯れて地面に帰ることによって、地面の収支バランスがとれないかと密かな実験をしております。
多分それだけでは不足するだろうからと、年に数回、米ぬかを畑にばらまいております。

雑草が枯れている時期をそのまま放置しておくのはモッタイナイ。
その時期に菜の花様に活躍していただき、地面に戻すお礼を増やそう! というのが現実的な魂胆です。
雑草や菜の花を育てているのはそのような「理屈」からです。

そのような理屈なんか、菜の花には関係ありません。
理屈を超えて菜の花がきれいに咲いています。
もちろん、地面に返す前に、少々は摘んで春の味・ほろ苦さを味わっております。
 

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