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★初詣、長生郡白子町の白子神社

白子神社
     正面の月星紋のついた幔幕がすぐ目についた

日月紋は源頼朝時代に房総を支配していた千葉氏の家紋として知られています。千葉氏と言うよりも千葉氏が信仰していた妙見様の神紋と言った方が良いかもしれません。いすみ市を含め房総では妙見信仰が広まっています。

この神社に注目したのは平成29年10月、新聞の片隅に61年ごとの式年開帳が白子神社で行われたという記事がありました。しかも白子神社は正一位だと。
名もなき地方の神社(失礼!)が正一位とは驚愕です。京の加茂神社、奈良の大神神社、春日大社などと同等の最高位です。上総国一宮の玉前神社でさえ正四位上ですから五階級も上位。

白子神社がある白子町の「南白亀川」も以前から気になっていました。南白亀なんて誰も読めません。「なばき」と読みます。
和銅6年(713年)5月に「諸国郡郷名著好字令」が出されます。全国の地名は良い漢字2文字で記せという法令ですが房総ではあまり浸透しなかったようです。江場土(えばど)とか東浪見(とらみ)など初めて出会った時は困惑しました。南白亀も何か意味のある単語なんだろうと気になっていました。

いすみ市海岸やサーフ会場になった一宮そして白子海岸など房総の海岸はウミガメの上陸産卵地です。
この神社は元々、1048年に出雲系の大己貴(オオナムチ)神を祭ったのが最初で、1126年に海岸で白亀に載った白蛇が見つかった。驚いた村人が神様としてこの神社にまつり白子神社と称するようになったといいます。

    玄武 手水舎にある「亀に載った蛇」の彫刻

白子とは私の常識ではタラの精巣なのですが、外房でタラの精巣は似合わない。白亀・白蛇のことだと納得しました。
神社の南側を流れている川だから南・白亀・川なんですね。でもなぜ南白亀=なばきと発音するのでしょうか。当時の村人の発音だったのかどうか、白亀伝説以前からの単語だったのではないかというかすかな疑問が残ります。

白子町の神社だから白子神社なのではなく、村落合併に際して白亀郷12ヶ村の総鎮守・白子神社にちなんで白子町となったともわかりました。

亀と蛇の組み合わせは玄武という北の神獣を連想させます。(東=青龍、南=朱雀、西=白虎)
この神社の元々の神様オオナムチは後に大国主と称され、大国主は仏教の大黒様と同一視されます。
「子の大黒」といって大黒様は子(ネ)=北を守護します。亀蛇の玄武は北の守護神です。
北の空にある世界の守護神こそ、世界を支配する天帝。北極星こそ具体的な姿を見せる天帝でこれが妙見様です。
妙見様は北極星であり、北辰(北斗)であり、いつでも巡り変化する世界の中であって不動の真理を示します。
こうして古いオオナムチ信仰は白亀・白蛇の出現によって妙見信仰、天帝信仰に進化したのでしょう。

江戸時代になると、家康は日光東照宮として江戸城の真北に鎮座し江戸を守ります。
つまり妙見信仰・天帝信仰と家康信仰が結び付きます。
正一位になったのは宝永5年(1708年)。富士山が噴火し、お陰参りが始まり、幕藩体制に揺らぎが生じます。
正一位という最高位に任命された理由はわかりませんが、そのような世情と関係あることでしょう。

明治になると世界を支配する天帝は、妙見様や東照宮にとって代わり天皇になります。
この神社からも多くの若者が兵士として出征したことでしょう。
現代では天皇から離れ、「房総随一北辰大帝白子大明神」と称しています。
それでいいのではないかと思います。
本当の話かどうかは問題ではなく、そう信じて村人は暮らしてきたという事実が大切です。
車で30分。初詣でに行って良かった。いろいろな事がわかりました。
今年は良いことがありますように!!

補足
神社の雰囲気はお寺の本堂を思わせます。かつての神仏習合時代の姿を留めているのでしょう。
本殿の外壁彫刻は見事です。信仰の厚さと財の豊かさがしのばれます。

小さな祠にオモダル(面足)様がイケメンとして祀られていて驚愕しました。天地創造に際し、はじめの神はアシカビ(葦牙)という成長力の象徴、いろいろ継いで六代目がオモダル。地表面が満足にできた意味とされています。そして7代目が皆さんご承知のイザナギ・イザナミ。だから直前のオモダルだけを信仰する人々などいるわけないと思っていたのに、この地にはいたのですね。驚きです。

八幡社の祠もありました。通常の神々のほかに「木の花咲くや姫」が添えられていたのが驚きです。富士山・浅間山信仰と八幡信仰がどのように結びつくのでしょうか。

いろいろ謎解きが面白い神社でした。





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