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★あけましておめでとうございます。

謹賀新年
  何有荘前、大正堰の水仙

アッという間に、もう7日になってしまい、松の内も終了です。

元旦の朝はかなり厚い雲で覆われ、今年の初日は望めませんでした。
いつもはごった返す太東崎灯台も閑散としていたようです。

元旦の昼からは例年のように親戚が集まり、小学生も含めて総勢12人の大宴会です。
夕刻、皆さんがお帰りになる頃、トイレでひと騒動ありました。
水が流れていかないのです。
少し時間をおけば引きますが、連続するとあふれ出そうです。
以前も同じようなことがあったので、年末から気を付けてはいたのですが…。

二日の朝、汚水用排水溝のフタを開けて点検すると、2番目の桝があふれ出そうで、3番目の桝には水が流れていません。
つまり、2番と3番の間が詰まっていると判断できます。
いろいろ試しましたが、手を突っ込んで邪魔物を除くのが一番効果的でした。

何が原因だったと思いますか?想定外のものでした。
それは 木の根 。近くに植えたチェリーセージの根がぎっしり詰まっておりました。
これを取り除いたらすべて勢いよく流れていきました。ヤレヤレ、疲れた。

後でネットで調べてみると、根で詰まることは、わりと良くあるトラブルのようでした。
部品と部品のちょっとした隙間から根が入り込んで増殖するようです。
排水管を完全に掘り起こして、部品と部品の間を完全にテープでブロックする作業はもう少し暖かくなってからすることにしましょう。
とりあえず、チェリーセージやその他の植物はかわいそうだけど撤去しました。

初詣は夷隅町の国吉神社に行きました。
ここの主な神様はタケミナカタで、大国主命の息子。信濃の国、諏訪大社の神様で、天皇家に対する出雲の国譲りに最後まで反対した神様です。
国吉神社の昔の名前は諏訪神社でした。

いすみ市がむかし、伊自牟(イジム)国と呼ばれていたころ、その国王は国造(クニツクリ)と呼ばれており、
出雲国造とは同族だと『日本書紀』にあります。
6世紀ごろ、大和朝廷の策略に落ちて直轄地を屯倉(ミヤケ)として割譲する羽目になります。
いわば小さな出雲の国譲りですね。

朝廷からの使者を迎える御殿の仮屋を建てたのが現在の刈谷地区だとか。
そこに鎮座していたのが諏訪神社。現在の国吉神社。
いすみ市では由緒が古い神社になります。

2019年5月に天皇の代替わり儀式があります。
天皇家のご先祖が天皇として日本を掌握する前、日本列島は出雲系、物部系が仕切っていた――ここ、いすみ市も出雲系だったんだよなと思います。
上総国一宮の玉崎神社の仲間である地元の玉崎神社は物部氏が今でも神主を務めているのだとか。
天皇家以前からの列島の古い歴史が残っている地域です。


 
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