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★定家葛(テイカカズラ)

テイカカズラ
     プロペラに似た形の白い花が咲くのですぐわかる

入梅の頃、大きな木に白く小さな花がびっしり咲いていると何の木だろうかと思います。近寄ってみるとそれはテイカカズラというツタ植物がまとわりついているのだということがわかります。
このままじゃ、まとわりつかれた木がかわいそうだという気もしてきます。
山林の手入れをする人はだから容赦なく切り捨ててしまいます。

テイカとは藤原定家のことで、源平時代、小倉百人一首の選者として知られています。

   来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ
                                       権中納言定家(97番)
――松帆の浦で藻塩を焼く煙が立ち上っています。私の心はその藻塩のように待つ人を恋焦がれ、焼けるような思いで揺らいでいます――という女性目線で詠んだ歌です。

その恋人であったとウワサされていたのが、後白河法皇の娘で、加茂神社の斎王であった式子(ショクシ)内親王。情熱の歌人として知られています。

  玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする
                                     式子内親王(89番)
――魂をつなぎとめているという紐が切れてしまって死んでしまってもかまわない。このまま忍ぶ恋を続けていれば耐え切れず、ついにその恋が露見してしまうよりはマシだ。――

斎王とは神様に仕えて一生独身であることを強制された女性です。
そのような社会的身分であっても、生身の女性として恋をすることがあったとしても当然でしょう。

式子内親王と定家が許されぬ関係にあったかの証拠は残っていません。
定家は内親王より13歳年下ですが、彼女を先輩歌人として尊敬していたのでしょう。写実よりもロマンチックな心象と技巧を重視した新古今集時代の風潮が後押しました。
斎王を引退した内親王がその後、様々な俗世のトラブルに巻き込まれて病床に伏せっていた屋敷に、定家が頻繁に見舞いに訪れたという記録が定家の日記に残されています。

たぶんそのようなことから、スキャンダルやゴシップ記事が大好きな人々によって定家と内親王の話が密かに伝えられたのでしょう。

その話を芸術の域にまで高めたのが、宝生流謡曲(能)の『定家』です。
内親王の墓に定家の霊であるツタがまとわりつき、両者とも今生に未練を残して苦しんでいる。旅の僧が弔ってはじめて成仏したという舞台です。

まとわりつき、しがみつく、まるでストーカーのようなツタですが、貴族としての華麗さを保ったような白い花なので、テイカカズラと名付けられたのでしょう。
田舎道を散歩していると、鬱蒼とした木立の中にこのきれいな花を見かけます。


 
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