★荒れ地のチガヤ

チガヤ
    資材置き場みたいな空き地にチガヤの群落 

あぜ道、休耕田そして空き地など、人の手の入らぬ場所でチガヤの季節になりました。
朝日、夕日に照らされると穂がキラキラと銀色に光り、美しいと思います。

近隣種のワタスゲは尾瀬ヶ原では多くのハイカーに愛されますが
いすみ市のチガヤは見向きもされずに雑草扱い。
そんな花、咲いていたっけという状態で、興味・関心がないことを少し残念に思っています。

あちこちチガヤが生えている原野を “浅茅が原” といい、広大な浅茅が原は何やら妖怪や化け物あるいは神霊が住むかと恐れられ、畏怖されました。

『雨月物語』という本に「浅茅生の宿」という小編があります。
都に出たまま帰らぬ夫を、必ず帰ると言った言葉を信じて操を通し、たぶん餓死した妻の物語です。
七年後、帰宅するとあばら家に妻がおり、信じられぬ思いであれこれ語り合います。
翌朝目覚めると妻の姿はなく、よく周囲を見渡せば人の住む気配のない廃屋です。
夫は妻の霊と出会ったのでした。

チガヤが生え茂った原野だという場面設定で、そのような場所は霊の漂っていると信じられました。
『安達ケ原の鬼婆』もチガヤの原野が舞台です。

原野の中の一軒家の婆さんは旅人を快く宿泊させて安心させ、寝たところを殺して生計を立てていました。娘はそんな母親をいさめるために若者に姿を変え、一宿を頼みます。殺した後で実の娘だったと悟り嘆きます。ところがそれは観音様の計らいであった――という物語です。

福島県に伝えられた安達ケ原の鬼婆の伝説は、安達(あだち)と足立(あだち)の連想で、東京都足立区にも同様の話が伝えられています。
市街地になってしまった足立区にはもはや一本のチガヤも自生していないことでしょう。
鬼婆が住んでいた原野の風景を想像すらできません。

いすみ市はかろうじてチガヤが生えている荒れ地があちこちに見られます。
ちょぼちょぼっとしたチガヤですが、想像をたくましくすれば広大なチガヤの原を思い浮かべることは可能です。
昔の人々はキラキラ光るチガヤの野原を見て、そこが神霊、悪鬼が住む場所だと恐れた――そんなことを考えると、いすみ市のチガヤだって大切にしたいと思います。


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