★岬町出身、田中哲郎上飛曹(20歳)の手紙 

銀河陸幕
  田中さんが搭乗し戦死した海軍の「銀河陸爆機」(画像元Wiki)

戦争末期、菊水作戦と称する特攻攻撃が行われました。
作戦は第一号(1945年4月6日-11日)から第十号(6月21日-22日)まで実施され、その後も終戦までの間、断続的に特攻が続けられました。
沖縄諸島周辺でのこの特攻作戦において、海軍機は940機、陸軍機は887機が特攻を実施し、海軍では2,045名、陸軍では1,022名が特攻により戦死しました。

その戦死者の中に岬町宮前出身の田中哲郎さんがいました。
――戦没年月日はS20.04.07。戦没場所は沖縄方面――と『岬町史』にあります。

上飛曹でしたが、戦死による階級特進で海軍少尉となりました。
4月7日の神風特攻隊は、*第四銀河隊/宮崎 *第四建武隊/鹿屋 *第三御楯隊706部隊/宮崎の三隊が出撃しています。
そのうち、第三御盾隊706部隊 に田中哲郎さんの名前が見えます。航空局委託練習生第13期とあり、海軍が開発した「銀河陸爆」に搭乗して帰らぬ人となりました。

――――

早苗ちゃん 風邪をひかないか、元気で、毎日、日参に又学校に行って居りますか。
寒いから気をつけなければいけないよ。
早苗ちゃんが病気になると兄さん、うんと心配しちゃうからね病気になんか成るんじゃないよ。
雪が降ったことがあるかい。兄さんの居る処は時々降るよ。此処には高い高い山が有るんだよ。
ホラあすこに見えるタイトウミサキの山を、二十くらい積んだ山がね。
こんな高い山、早苗ちゃん見たこと有るかい。なに、有る、どこで、なあんだ、ユメでかい。
・・・・そしてねこの山はずっと前から、雪の着物を着て真っ白だよ。だからずいぶん寒いよ。
だけど兄さんなんか平気だよ。どうして、それはね、どんどん駆け足やったり、体操やったりするからだよ。
だから早苗ちゃんもどんどん運動するんだよ。そうするとあたたかくなるし、病気なんかにもならなくなるよ。
だけど、早苗ちゃんは女だから、あばれたりしちゃだめだよ。
喜久ちゃんをたたいたり、おとうさんやおかあさんの言ふことはよく聞くね。
それからもうひとつ幹ちゃんをよく見てやるんだよ。ずいぶん大きく成っただろうね。
かはいいだろう。早苗ちゃん勉強するんだよ。もうじき三年生になるんだものね。
この間、愛子ちゃんから、かはいい手紙が来たよ。早苗ちゃんも喜久ちゃんと書いて、くださいね。
兄さん、待っているよ。

兄さんはね毎日元気で赤いトンボのような飛行機にのって飛んで居るよ。
小さな舟や白いホを上げたホカケブネやいろんな形をした島のういた青い青い海の上や村の上
町の上をブンブンとね。 では早苗ちゃん手紙を待って居るよ。
  
                              ――文書発信元はここ
――――――

田中哲郎さんの手紙は遺書という体裁ではありませんし、雪が積もっている山など書かれていると、そこはどこか? と思います。
兵士は今どこでどんな任務をこなしているかを家族に連絡することが許されません。
赤とんぼのような飛行機で訓練しているということは、家族はもしや特攻隊かと不安に思うに違いありません。
わざと今は九州にいることをはぐらかし、妹に対し優しく話しかけるような手紙を書いています。
家族に心配をかけまいとする優しい性格の方だったのだろうと推察いたします。

4月7日は戦艦大和が沖縄方面へ特攻出撃し、坊の岬沖で撃沈された日でもありました。
駆逐艦8隻、巡洋艦1隻を従えた大和は僚艦5隻を含め3721名とともに海に沈みました。

今思えば無謀な戦争で、勝つ見込みのない戦争を続けてました。
国民全員が死を覚悟する“一億玉砕”が政府=軍部の合言葉でした。

その苦い経験から自衛隊の最高指導者は文民、つまり軍人ではないと規定されています。
ところが文民であるアベ氏やイナダ氏が「日報」を隠し、「戦闘」という言葉を「武力衝突」といい変え、自衛隊員に戦闘状態の現地にとどまることを強制しました。
文民統制(シビリアンコントロール)という歯止めが効いていない状況です。

破棄したはずの「日報」が出てきた背景には、明らかに制服組によるアベ・イナダ不信感が潜んでいます。
制服組(軍人)でさえ、文民であるアベ氏やイナダ氏は危険人物だ、部下を死地に追い込んでいる好戦的司令官だと反発したのでしょう。

憲法9条を改正した偉大な首相との名誉欲しさのために、自衛隊員の犠牲を考えずに突っ走るアベ首相。
自衛隊員も昔と変わらず田中哲郎さんのように家族思いの方が多いと思います。
現在の9条を守り抜くことが、平和な日本を守り抜くこと、自衛隊員の命を守り抜くことにつながることでしょう。


 
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