★いすみ市大原庁舎で「いすみ市の戦争遺跡」展示

戦争遺跡展示
      市庁舎ロビーにて

いすみ市は非核平和都市宣言をしている自治体で、毎年、8月になると戦争と平和に関する何らかの行事を行っています。
今年は広島の原爆資料館から資料をお借りして『原爆の絵展』が開かれています。
8月1日~16日。土日祝日を除く。

この展示の一画をお借りして 「いすみ市の戦争遺跡」 が展示されました。
市民の方から市役所に 「岬町の戦争遺跡を調べている人がいる」 と電話があり、市役所から 「9条の会岬」 に連絡があり、そこから私の方に連絡が入りました。

わざわざ市役所の人が二人見えて、協力を依頼されましたので、断るわけにもいかず承諾しました。
いすみ市からは市内全図を頂き、そこに戦争遺跡と関連施設を書き込み、画像もラミネート加工してはりました 

また一昨年の 『岬町戦跡ツアー』 関連資料とスナップ写真も展示しました。

記入してみると結構あることに驚きます。
普段は戦争による傷跡などまるで気にならないのどかな田舎ですが
色々あったんだろうなぁと思います。

さいたま市では、「梅雨空に 『九条守れ』の 女性デモ」 という俳句が、恒例となっている公民館だよりの俳句欄への掲載を拒否されるという事件がありました。
アベ首相が憲法改正を日程に上げる中、首相の意向に反する俳句だと公民館が忖度して掲載拒否になったものでしょう。

いすみ市では9条の会であっても差別せず、戦争遺跡の資料公開を認め、促したのはありがたいことだと思います。
ただ、戦争遺跡とは意見、政治信条ではなく、事実ですからね。
自衛隊海外派兵賛成の人でも、戦争遺跡がここにある、あったという事実は否定できません。
その事実から現代を生きるわたしたちが、何を学び取るかが問われているのでしょう。

今回の展示資料には載せませんでしたが、いすみ市岬町地区には4カ所の「忠魂碑」があります。
岬地区4カ村出身の戦死者の名前が刻まれています。
ある日突然、赤紙(召集令状)1枚で軍隊に編入され、そのまま帰還できなかった若者の名前が刻まれています。

今日の平和は数多くの若者や、巻き込まれた一般市民の犠牲の上に築かれました。
いわば、平和のための人柱として犠牲になったと言っても良いでしょう。

国際政治の緊張・軋轢の解決手段として戦争をすることを私たちは永久に放棄しました。
国家利益のため、あるいは首相の個人的名誉のために、国民・自衛隊員に死ねと命じることは人道に反すると学んだのでした。

ことし も暑い8月になりました。
わたしの叔母(母の妹)は夏の夜空に開く花火の音が嫌いだと言っておりました。
焼夷弾の音を思い出すからだそうです。
夏の花火を心から楽しめる、そんな時代が永久に続けばいいなと思います。


 
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