★木へんに春と書けば椿です。

椿
    ようやく近隣の庭で椿が咲きだした。

日本でできた漢字を国字と言い、本家の中国にはない文字です。
峠、枠、杣、笹、躾、畑、働 など数々ありますが、椿も国字です。

万葉集の時代、椿は中国流に“海石榴”と書いてツバキと読ませたのだから不便ですね。
面倒くさいから漢字を作っちゃおうと考えて“椿”が生まれたのでしょう。
緑のつややかな葉とあでやかな赤い花は春を迎えるのにふさわしい花です。

考えてみれば緑と赤の組み合わせは、正月の千両、万両と同じですし、クリスマスカラーのポインセチアや西洋ヒイラギも緑と赤の組み合わせです。
ダヴィンチの“最後の晩餐”でも緑と赤が効果的に使われています。
洋の東西を問わず、常緑樹は永遠の命の象徴として扱われてきました。

ところで、椿という文字は本家の中国にも本当はありました。チャンチンというセンダン科の落葉高木だそうです。
国字と漢字の“椿”が存在し、同じ漢字が日中で意味が異なることはよくあることです。

ツバキを“海石榴”と書くのは解せませんが、海外から来た石榴(ザクロ)に似た花の意味だそうです。
ザクロも真っ赤な花で、中国の政治家にして詩人の王安石が「詠柘榴ザクロヲヨム」という詩を残しています。
その一節が有名な「万緑叢中(ソウチュウ)紅一点」で、紅一点の語源です。

“あたり一面の緑の中で赤い花が一輪、気高く咲いている”が本来の意味です。 
春をめでるのに雑多な言葉はいらない、紅一点あればそれで十分だと言っています。
暗に多言の人を批判しているのか、俗に染まらぬ孤高の人を理想としたのか…。
いずれにせよ、男の中に女が一人、という単純な話ではありませんでした。

画像の椿の花、紅がいくつもあり、紅一点とは異なりますが、絡み合った緑の葉の中で赤い花が咲いているのを見るといつも王安石の「万緑叢中紅一点」を思い出します。


 
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