★今日は大みそか

母子草
    春の七草、ハハコグサ(母子草)です

本年中、とりとめのないブログにお付き合いいただきありがとうございました。

本日は大みそか。漢字で書けば大晦日です。
晦日は本来は新月前日の「月の出ない暗い日」という意味でした。

旧暦では月末の31日は存在せず、30日か29日でした。
月末の三十日を「 み.そ.か 」と読み、1年最後の晦日は大みそ日。

だから12月31日を「おおみそか」と読むのは本来はありえませんが、月末ならば29日だろうが31日だろうが「みそか」で良いらしい。

今日は旧暦ではまだ師走(12月)の三日。ところが新暦ではもう正月になっちゃうんですね。
旧暦の12月は新暦では1月です。この点が重要になるので記憶してください。

明治になって急に強制的に旧暦が廃止され、西暦が採用されたのは、明治政府にお金がなかったから。
武士は年俸制でしたが、お金がないので官吏(役人=公務員)を月給制に切り替え、分割払いにしました。
さらに頭が痛かったのは、来年はうるう年だと分かったからです。今日のように2月末日が1日増えるのではなく、うるう月といって1か月分丸々ふえます。このままだと1年に13回も給料を払わねばなりません。そんな余裕は政府にはない。

そこで誰だか頭の良いヤツが考えた。西暦に切り替えてしまえばうるう月の給料をカットできるだけでなく旧暦12月の給料を新暦1月の給料だとして支給すれば、あわせて二か月分の給料が節約できる。そうだ名案だ。早速そうしよう―――こうしてあわただしく新暦が採用されたのでした。

旧暦には旧暦の良い点もあったのですが、教育を通じて徹底的に無視されました。
たとえば、時は元禄14年12月14日――ご存知、赤穂浪士の討ち入りの日はほぼ満月の夜のことでした。月が出ていれば明るい夜でした。しかも前日からの雪明り。
満月の夜って、懐中電灯がいらないくらい明るいとは、こちらに来てから体感しました。
月明かりを利用した襲撃だとは現代人にはピンとこない人が多いでしょうね。

本能寺で織田信長が打たれたのは、闇夜の夜襲だったということはその日付から分かります。
天正10年6月2日。新月の翌日でほぼ闇夜でした。
旧暦だと、「その日」を追体験できることが便利です。

画像は春の七草のひとつ、ハハコグサ。
うすい緑でスプーン型の葉とツブツブの黄色い花が特徴。
春の…と言いながら、房総では1年中見ることができます。

若い葉を摘んでゆで、細かく切っておかかでも振りかけて醤油味でいただくのが簡単です。
昔の江戸の草餅は、この母子草の葉を利用しましたが、元禄のころ、ヨモギの葉を利用した人がいて、色よし、香りよし、味よし、滋養分ありとして売り出して大当たり。

以後、江戸の草餅はヨミギ利用が一般化しました。
ハハコグサの場合、ややスジが気になるけれど、すりつぶしてお餅に混ぜれば気にならない。
うすい緑色でパンチ力に欠きますが、上品な感じのするお団子になります。
小豆あんこをまぶしていただけば最高です。


 
 
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