★2月11日は「建国記念の日」だって?

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      今年の 「紀元節奉祝式典」 は威勢が良いだろう 画像元

自民党の新藤義孝議員が1月8日、衆議院予算委員会の冒頭で 「平成28年が明けました。伝統的な数え方でいえば皇紀(コウキ)2676年」 と言ったことが波紋を広げました。

皇紀とは初代天皇である神武天皇の即位から数えて という意味ですから、まるで戦前・戦中の人物が国会で質問したかと驚かれたわけです。

日本の伝統的な数え方だと新藤氏はいいますが、それは無知かウソ。
天皇は神聖だと規定した明治憲法の公布の年月日は明治22年2月11日。
紀元節(建国記念の日)の日でしたが、旧憲法に皇紀での記載はありません。
最初の元号「大化」 以来、年号表記は明治・大正になっても元号で表すのが普通。

日中戦争のさなか、1940年(S15)に神武天皇即位紀元(皇紀)2600年祝典が盛大に執行されました。
その前後から、皇紀が国民に意識され始めます。
欧米列強が使用する西暦に対抗したもので、
西暦よりも日本の方がずっと古い伝統があると愛国心をあおりました。

皇紀が身近だったのは、日本史上、終戦までのたかだか10年か20年の話。
日本の伝統でも何でもありません。
狂信的な軍国主義時代の特殊な紀年法でした。

神武が即位したのは『古事記・日本書紀』の記載を西暦に直せば、紀元前660年。
列島にはまだ稲作はなく、狩猟採集・漁労の縄文時代のことになります。
鉄器はおろか青銅器もない時代で、国家や支配階級もありませんでした。

文字のない時代ですから、記録文書もカレンダーもありません。
それなのにどうして、紀元前660年2月11日のことだと言い張るのか気が知れません。

神武天皇は九州から出撃して奈良盆地を攻略したことになっています。(神武東征)
当時は丸木舟の世界です。
丸木舟に乗り、石器の弓矢、槍を持った縄文人が、2676年前に奈良周辺を制圧して初代天皇になったと信じるのはご自由ですが…。

神武天皇を画像検索すると、いろいろ出てきます。いずれも威厳のある顔で、太刀をぶら下げています。中には鎧をきている画像もあります。
  2015021019370300-thumbnail2[1]  『尋常小学校 国史 挿絵』

教科書に載ったこの絵は古墳時代(紀元3~5世紀)の権力者をイメージしています。
つまり時代錯誤の絵。
古墳時代よりも約1000年も前の天皇の姿を誰一人として描くことはできません。

「戦争法案」を無理やり成立させた勢力と紀元節奉祝式典に参加する勢力はほぼ一致していますから、今年の式典はさぞ威勢が良いことでしょう。
次は憲法9条を改正するぞと気勢を上げる様子が目に見えるようです。

政府の政策に批判的なニュースキャスターが何人も降板されました。
先日は放送免許を取り消すこともあるとマスコミに脅しをかけました。

自由な言論は封じ、不都合な真実は隠し通す――そのような人々が権力の中枢にいることは不幸なことです。
自己の野望実現に勤皇の志士を気取り、軍事大国復活に天皇の政治利用を考えているようです。

そのことに一番迷惑しているのは、戦禍に倒れた人々の慰霊の旅を続けている天皇ご自身でしょう。

真実をしっかり見つめ、言いたいことは言い、困っている人々の声をちゃんと聴く――そんな世の中を作るのは不可能なことではありません。
武力行使反対、戦争反対の声をしっかりあげていきたいと思います。


 
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