★大原の水神社と防空壕 探索記

防空壕跡
    ゴミ捨て場と化した「防空壕」

大原のとある食堂で頼んだ定食を待つ間、壁に貼られていたB4サイズの「小浜まち歩きガイド」に目が止まりました。
小浜とは昔からの大原町のコアな地域。
かつて小浜城があり、丹が浦という自然の良港を中心に栄え、小浜八幡、広田神社があり、街並みも漁村らしさを今でも保っている地域です。

「ガイド」には、むかし銭湯があった場所、旅館があった場所などがマークされ、
昭和、明治の時間旅行をしてみませんか、とあります。

その「ガイド」に「小浜城あと」や「大原平和の鐘」と同じ大きさの活字で「防空壕跡」とあるので驚きました。そんな立派な防空壕があったのか?
早速出かけてみました。

場所は丹が浦の西80mほど、水神社の近くです。
車を根方区民会館に置いて徒歩で探索。
かつて「防空壕」であったような洞穴はすぐに発見できました。奥行きはあまりなくゴミが詰まっているようです。
これかな? と思いつつ、水神社を探したけれど見つかりません。

ウロウロしていたら地元の人に不審がられました。
「水神社を探しているのです」と言うと、この辺に神社などないと言うじゃありませんか。
「いや、地図には書いてあります」とyahoo地図を見せると、
しげしげと眺め、この山の上に祠(ホコラ)みたいのがあったけど、それかな、と示唆されました。

高さ10mほどの小山で、参道と思しき道もありますがジャングル状態。
途中、倒れた墓石のような石もありました。頂上まで行きましたが何もありません。
景色は開け、眼下に小浜地区が一望できます。

海辺の近く、このような小高い場所には昔、水難除けの「水神社」が祀られたものです。
確かにここがかつての 「水神社」 だったのでしょう。
氏子集団もはっきりせず、見捨てられたまま数十年が過ぎたように思われました。
ここの水神社について「 大原町史」 は一行の記載もありません。

位置関係からすると、どうやらこの水神社の真下に防空壕が掘られたらしい。
「防空壕だったのですか」と聞くと、「いや、あれはこの地区と丹が浦を結ぶトンネルだよ」と言います。

丹が浦はかつてイワシ漁でにぎわいました。上記「ガイド」にも丹が浦に水揚げされた大漁のイワシの写真が掲載されています。
丹が浦で水揚げされたイワシをこの地区に運ぶための最短経路として掘られたトンネルだったといいます。
そのトンネルが戦時中は臨時の避難壕としても利用されたというのが真相ではないでしょうか。
小浜城址と同等の大きさの活字で示す史跡・防空壕としての価値がここにあるかどうか。

上記「ガイド」には、小浜八幡下にあった戦時中の特攻隊基地跡の記載はありません。
昔の人々を驚かせた 「海中桜」 の記載もありません。
海中桜の記念碑は「船頭の台所」というお店の前の通りにあります。
この通りこそが昔の大原漁港の海岸線であり、メインストリートでした。
その気で眺めれば、ここがかつての浜辺だった痕跡はいくつもあるのに記載はありません。

上記「ガイド」は、今は事実上存在しない水神社の記号を「卍」で記しています。
卍は寺院マークですから、初歩的な誤りです。
この 「ガイド」 には発行元も電話番号も記されてはいません。

旧大原町のグラフティーとして貴重な写真を多数掲載しており、その古い写真を見るだけでも感心します。カラー印刷の立派な資料で、予算も手間ひまもかけただろうなと想像できます。
それだけに、いくつかの欠点を目にしても、それを伝える手段がないのが残念なことです。

      小浜ガイド

 
 
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