★梅雨が明ければ蒲(ガマ)の季節

蒲
    葦原に混じって、あちこちに生えています

梅雨が明け、毎日朝から30℃を越えているとさすがにまいります。
外気温36℃、室温30℃。おまけに今日は風もない。
農業用遮光ネットを張りめぐらし、建物が蓄熱するのを防いでいます。
ネットの下は思いのほか涼しく感じますから、遮光ネットは安価でお奨めです。

さて画像はおなじみの蒲(ガマ)。
夷隅川の河口付近は昔の氾濫原で、今でも所々に湿地帯が残り、葦原が広がっています。
その一部でガマが育っています。毎年必ず同じ場所とも限らないのが不思議です。

フランクフルトソーセージのような穂は蒲の微細なメス花がギュッと詰まっている状態で、
オス花は軸の先端にまとまってへばりついてます。
トウモロコシも上部にオス花、下部がメス花ですね。それに似ている構造です。
       雄花雌花

まもなく受粉の季節で、ガマを刈り取って穂をはたくと、黄色い花粉が取れます。
この花粉が 「ホオウ 穂黄」。漢方の生薬で、止血剤、鎮痛剤、利尿剤として用いられます。
皮をはがれて赤裸にされた 「因幡のシロ兎」 を大国様が救護したのは、季節としては今頃の季節、梅雨明けの頃だったと推定できます。

文部省唱歌では 「蒲の穂綿 ホワタ にくるまれば…」 となっているのは作詞者(石原和三郎)のカン違い。検定した文部省の役人の不見識。
ガマが結実して、ムクムクのホワタになるのは秋口から冬にかけてなので、季節が異なります。
全身ホワタに包まれる姿を、包帯でグルグル巻きにした姿と重ねたのでしょう。

この唱歌は、白ウサギ、赤ハダカ という色彩の対比も見事です。
ただし、『古事記』原文の 「素兎」 を 「白兎」 にしてしまい、原文から遠くなりました。
「素兎」の読み方はシロウサギ ですが、「白」 の意味はありません。
「素人」=シロウトに白の意味がないのと同じです。
それなのに誤解が広がり定着し、鳥取県には白兎神社、白兎海岸まであります。

素面=シラフ、白木=シラキという単語は酔って赤い顔をしていない、化粧していない、塗料を塗っていない素肌の状態、生地のままの状態を示しています。そこに白い= white の意味はありません。

「素手・素足」 とは手袋や靴下をつけていない状態ですから 「素兎」 とは毛がまったくない裸の状態で、毛はむしり取られたのですから、血だらけだったことでしょう。

止血・鎮痛効果のあるガマの花粉=穂黄を処方するのは適切でした。
それゆえ、大黒様=大国主命は日本医療の先駆者・神様だと考えられています。

治癒して毛が伸びてくるとその毛は何色ですか?
ペット用の白兎は江戸時代に輸入された西洋種であり、それが今では普通のウサギです。
日本在来種の毛の色は薄茶色であり、白いウサギではありません。

いすみ市にも薄茶色の野ウサギが出没し、野菜をかじって逃げていきます。
野で見つけるとカワイイのですが、農家からは嫌われています。


 
 
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