★太東埼灯台、浜木綿(ハマユウ)の花

ハマユウ
   数年前、地元の小学生がみんなで植えたハマユウ

灯台周辺環境を美しくしようと地元のNPOや小学校が毎年、さまざまな植物を植えています。
ハマユウは南方系の植物で、コルク質で包まれた種が黒潮の波に運ばれ、各地の海岸線で分布領域を広げてきたといわれます。
いすみ市の海岸にも自生していますが、生育のほぼ北限ですから数が少なく、
小学生が灯台でそれを増やすのはとても意義ある行事だと思います。

浜木綿はどう考えても ハマ・モメン としか読めないのに ハマ・ユウ と読むのは不思議です。
浜木綿子という女優さんがいるから、かろうじて木綿=ユウと読むのかなと思います。

木綿 モメン cotton とは蚕が作り出す真綿 マワタ silk に対して、それによく似た植物性の綿という意味です。
ワタを育て、ワタの実がはじけると、それは素晴らしいまっ白なワタが収穫できます。

木綿栽培が南蛮貿易から始まり、全国に広がるのは戦国時代末期のことでした。
だから、それ以前に 木綿 モメン という単語はなかったはずなのに
万葉集には 浜木綿と書いてハマユウと読ませる柿本人麻呂の歌が載っています。

496番 柿本朝臣人麻呂
   三熊野之  浦乃濱木綿  百重成  心者雖念  直不相鴨  
   み熊野の 浦の浜木綿 百重なす 心は思へど 直に逢はぬかも
   みくまのの うらのはまゆふ ももへなす こころはもへど ただにあはぬかも

つまり、木綿と書いてモメンと読むのは近世以来のことで、人麻呂の時代には ユウ と読んでいたことになります。
当時、木綿という単語がコットンとは無関係に存在していたことがわかります。

では、当時の木綿とは何か?ちょっと調べてみました。
―――花の様子は、コウゾなどの樹皮を細く裂いて作った繊維から作った布と似ており、神道神事で用いられる白い布をゆう(ゆふ)と呼ぶ。―――Wiki pedia

この説明でも、ユウが木綿という字に充てられた理由は判然としません。
しかし、当時、おそらくSILKの綿 に匹敵する植物性の綿 という意味でユウが木綿と表記されたのではないかと想像はできます。

神主さんがお祓いに使うハタキみたいな道具がありますね。
先端のヒラヒラは普通の神社では和紙を使っていますが、由緒ある神社では ユウ を使っています。
ややベージュがかった白ですから、あゝあれか、と思い当たる人もいることでしょう。

その気になって画像の花を見てみれば、太く伸びた茎の先に展開する白い花びらが、確かにお祓いの道具に似ているようにも見えてきます。
浜木綿と書いてハマユウと読む――これは万葉の時代から現代まで変わらずに続く古い日本語でした。

現代人にはなじみが薄くなった ユウ ですが、いすみ市の海岸地帯には 南洋から流れ着いたハマユウの花が咲いています。
それを移植したのでしょう、民家の庭先にも咲いています。
そしてここが日本のハマユウの最北限ですから、いすみ市の花として人麻呂の歌の思い出と共にみんなで大切に育てたいものです。


 
 
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