★ペコロスと母

ペコロス
         岡野雄一氏の著作2冊

有吉佐和子の『恍惚の人』が発表されたのは1972年。
ボケ老人の凄まじい実態の描写が世間に衝撃を与えました。
そのような老人は家族の恥として世間から隠されてきたのですから。
特に旧家といわれる田舎の名士の家には「座敷牢」さえあったと聞いています。

その後、「ボケ老人」は差別語として「認知症」と言葉は変わり、世間の目はいくらかは前進したようですが、その介護となると当事者の苦労はいかばかりでしょうか。

岡野氏の『ペコロスの母に会いに行く』の帯には次のようにあります。
――僕は、認知症になった母の、童女に戻ったような笑顔が大好きでした。10人姉妹の長女。しっかり者だった母は、酒飲みの父との生活に子育てに、懸命に生き、ようやく身軽になれたのです。母ちゃん。ぼけてよかったな。ゆっくり着地できて、よかったな。長い間、本当にありがとう。―――

コミックエッセーとあるとおり、4~8コマ漫画で介護の日々がつづられています。
岡野氏のように接することができれば、介護者も介護される人もその日々が充実し、暖かく思い出されることだろうと思います。

某新聞に川崎幸クリニックの杉山先生が認知症への理解、その接し方などを連載しています。
杉山先生は母が病床に着いた時、そのころまだ珍しかった24時間在宅介護の主治医だった先生で、おろおろする私たち介護者に適切なアドバイスがあり、ずいぶん助かった思い出があります。
(母は認知症ではなく、最期までしっかりしておりましたが)
その連載の中で先生は患者の立場になり、患者に寄り添うことを提言しています。

例えば、患者が世迷い言を言い、訳の分からぬことをすると介護者はそれに憤慨し、事実にそって正そうとしますが、すると患者は自分が否定されたと感じ、「この人は嫌な人だ」という印象だけが残り、ますます孤立感を深めて反抗的になります。
その言行にまず共感し、言った言葉を繰り返し、それは心配だね、それは困ったね。あるいは感謝の言葉を話せば 「この人は味方だ」と感じて心が安定して素直になるといいます。

5人に1人が認知症の時代が来るとマスコミが騒いでいました。
わたしたち夫婦も統計上は高齢者となり、しっかり保険金も取られています。
もう腐れ縁と言ってもといほど互いに慣れが先行していますから、つい 「何をやってんだよ」と声を荒げたくなる時もあるじゃないですか。
おそらく恋人時代ならばそのような言い方はしないで、相手のことを 「どうしたの」と気遣っただろうと思います。
知らず知らずのうちに相手に甘えた ジコチュー になっているのです。

最近は「あれ、これ、それ」で話が通じたり、トンチンカンだったり、どちらが先に認知症なるかの競争です。
介護するのはどちらかですから、早く認知症になった方が勝ちのような気がします。
この先どうなるか分かりませんが、終わりよければすべてよし――そうなるように日々を丁寧に暮らしていきたいものです。

 
 
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コメント

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No title

komakoさんらしい、心温まるエピソードです。
認知症てもそういう方もいらっしゃるのですね。あやかりたい気分です。
たぶん、そういう生き方をずっとしてきたから、認知症になってもそのように生きられるのでしょう。不思議です。

No title

私は10年ほど認知症のおばあさまとお付き合いさせていただきました。どんなに貴重な日々だったことか。一緒に病院や食事に行くと、私のことを「親友です」と紹介してくれたことなど、楽しい思い出が沢山あります。その方は真実を見抜くような敏感さがあって、明言をいくつも頂きました。
病気の心配や死の恐怖、様々な悩みから解放される認知症、人に迷惑をかけないでなれるならいいかも、という気がします。