★年末のゴイサギ

ゴイサギ
        100mほど先のゴイサギのオス 

ゴイサギの夫婦を大正堰の端で見つけました。
風に吹かれて羽毛が乱れて寒そうです。
何となく私たち夫婦に似ているような気がして、カメラを取りに行って構えたら逃げられてしまいました。
100mほど先に着地したので、ファインダーには何も見えていなかったけど、この辺と思ってシャッターを切ったらオスだけがかろうじて写っていました。

年末年始はあれこれ思う時期です。
賀状の版画を摺り終わり、親戚や旧友の顔を思い浮かべ、一言書き添えます。
虚礼廃止、断捨離と思うものの52円で年に一度のご挨拶ができれば安いものです。

今年も年末が近づくにつれ喪中欠礼の便りが届きました。
親御さんを亡くした人。配偶者が旅たった人。年齢は70代から90代。
若い人が亡くなったという知らせもありました。
胸中はいかばかりでしょうか。

寿命はどうやって決まるのか?
健康とか、事故とか、災害とか、それに会う人と避けられた人とはどこが違っていたのか?

二つの物語が思い浮かびます。
一つは天上にいる神様が金銀鉛の粒を撒き、赤ちゃんはその運命の粒を持って生まれてくるという話。
幸福になるも不幸になるのも生まれた時から決まっているという話です。

もう一つはギリシャ神話で、モイライと呼ばれる三姉妹の話。
「運命の糸」をみずからの糸巻き棒から紡ぐのがクロートー(「紡ぐ者」の意)で、
運命を人間に割り当てる者がラケシス(「運命の図柄を描く者」の意)で、
この割り当てられた糸を、三番目のアトロポス(「不可避のもの」の意)がプツンと切る。このようにして人間の運命と寿命は決まる――という話。

不死身といわれた半神半人の英雄ヘラクレスは数々の試練と冒険のはてに死ぬ運命は免れなかった。
オイディッポスは呪われた運命であることを知り、それを避けようとすればするほど、その行為が運命を呼び寄せてしまった。

運命が決まっているにせよ、決まっていないにせよ、精一杯生きる、悔いが残らぬように正直に生きる――それしかありません。
年の瀬になるとこれまで生きて来られたことは数々の偶然と、人様の情けに支えられてきたのだとしみじみ思います。
この1年、ありがとうございました。


 
 
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コメント

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No title

コメント、ありがとうございます。
なぜかコメントが少ないブログなので、とてもうれしく思います。
昔からの友は大切だ、ありがたいものです。
健康第一。
昨年から何種類もの薬を強制されるように閉口しています。
医者嫌いだったのですが、どうにもならなくて。
もう若くはないのだと思い知らされ、自覚せざるを得ません。

No title

大晦日になりました。
以前に比べ、大晦日でも普通の一日で
それほど忙しくない生活です。

今年、暮らしの変化を実感しているとき、
様々な暮らし方のヒントをここでいただきました。
本当にありがとうございました。

まずは健康に気を付けて、
良いお年をお迎えください。
来年もよろしくお願いいたします。