★天狗のお寺・飯綱寺(イズナデラ)こぼれ話

鳥居脚部
            矢印が破却された鳥居の脚部

神様と仏様はどう違うのか、神社なのかお寺なのかと昔の人は考えませんでした。
だって同じようなものでしたから。
それが明治維新になって仏教が攻撃され、厳格な神仏分離となりました。

地元では天狗のお寺として有名な飯綱寺も江戸時代までは神社を兼ねていました。
何神社かというと玉崎神社でした。

飯綱寺が神社だった形跡が今でもいくらか残っています。
  1.参道にあった鳥居が撤去されたが下部がそのまま残っている。
  2.本堂(拝殿)への参道の両脇に灯篭がある。
  3.本堂(拝殿)が透垣(スイガイ)で囲まれ、そこが神域であることを示している。

一宮の玉前神社の例大祭には地元・和泉地区の神輿も参加します。
この神輿は隣の地区の中原玉崎神社に保管されていますが、江戸時代までは飯縄寺にあったはずです。
お寺に神輿があるのはオカシイとして、中原玉崎神社に移されました。
地元の人(氏子)は大変です。早朝、中原まで行って神輿を担ぎ、和泉に来て一巡り。
それから東浪見の海岸へ行き、渚でひと暴れして中原へ神輿を戻して…。

途中何か所か休憩所があり、大休憩する場所が飯縄寺です。
飯縄寺が江戸時代まで玉前神社であったゆえに、神輿はここでお祓いを受け、ゆっくりします。
なにせ、飯縄寺がかつて神輿の本拠地だったのですから。

飯縄寺の本尊は不動明王ですが、不動明王=飯縄大権現でもあります。
飯縄大権現は通常は天狗のお姿ですが、龍神として姿を現すことがあります。
龍は雨風、嵐、波浪を支配しますから、農業の神であり、漁業の神であり、火伏(防火)の神様でもあります。
12月15日は飯縄寺の火伏の縁日(煤取り御開帳)で、就学前の数えで7歳の「稚児参り」もあでやかで、遠くからも参詣人が多数集まります。

さて一宮の玉前様は玉依姫を祀っており、椎木や中原の玉崎神社は姉君の豊玉姫を祀っています。
その豊玉姫は海の神様の娘で、その本体は『古事記』では巨大なワニ(鮫のこと)、『日本書紀』では龍となっています。
ここで飯縄大権現(龍)が豊玉姫(龍)と同一視されることになります。
龍神様=豊玉姫として、飯縄寺=和泉玉崎神社が成立していました。

飯縄寺というと天狗のお寺。天狗と牛若丸の彫刻を見て感心して帰る人が多いのですが、実はこのお寺には大変見事な龍の彫刻が多数あります。
参観する機会があったら龍の彫刻にもご注目下さい。

なお、最近はこのお寺が有名になり、本殿の裏が何者かに荒らされ困った。有名になるのも善し悪しで、ブログには発表しないでください、写真は撮らないでくださいとは住職の奥様の話。
観光客と間違われたのでしょうが、地元住民でも気楽に参拝できなくなったのは、それこそ困ったものです。



 
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