★晴耕雨読・布ぞうり

布ぞうり
    布ぞうりがだいぶできた

昨晩から雨が降り出し、空は厚い雲で降ったりやんだり。気温も上がりません。
こんな日は何もする気になりませんから、積んでおいた本を引っ張り出して読書です。

相方さんは画像の布ぞうりに専念しています。
布ぞうりは主にお世話になった方へのプレゼント用ですが
これなら売れるわよ、と言われてその気になってせっせと作っています。

1日に1足できますが、最初の頃は片方編むのがやっとでした。
しかも左右で長さが違ったり、幅が不均等だったりと苦労したようです。
時々、教えてくださいという方が来て一緒に作っています。
簡単だと思ってくる方が多く、実際に簡単なのですが、手間ひまは結構かかるので
初めての方は1日で半足しかできないと思った方が良いでしょう。

さてNHKの軍師官兵衛ですが、12月には終わらねばならない。今は猛スピードで展開していますので、いくつか補足しておきます。
利休切腹の場面では新しい解釈をしていました。秀吉の唐入り(カライリ・明国侵攻)に反対したからだと。従来説は二人の芸術観の相違などでしたね。
今週19日は官兵衛蟄居、秀次関白就任でした。
来週は秀頼誕生・秀次切腹に進むのでしょうか。
秀次切腹は従来、秀頼誕生で秀次が邪魔・不用になったとか、殺生関白とあだ名されるほど粗暴でおろかな人物であったからとされてきましたが、これも本当は唐入り反対がらみですね。
秀次や官兵衛など戦争反対派が結束してクーデターが起きることを恐れて、関白秀次を自害させたのが真相で、官兵衛も連座して危うかったのですが、その辺をどう描くか、おもしろいといいのですが…。

秀吉の唐入りマスタープランをご紹介します。
朝鮮国王を道案内として明国を征服する。秀次が中国で関白となり、正親町天皇を北京に移し、公家どもも北京に移す。反抗的・好戦的諸大名は朝鮮・明国に領土を与え日本から追い出す。日本列島は豊臣が安定的に支配し、協力的な皇族・公家・中小武家だけの世界とする――意訳するとこんな文章を1591年5月18日に秀吉は秀次に告示しています。
こんな計画は嫌だ・無謀だと思う人は多かったろうし、逆に出世の糸口になると張り切った人も多かったでしょうね。

戦争によって相手を滅ぼしてこそ自らの繁栄があるという時代の話ですから、荒くれどもをどう制御するか、秀吉の苦心のプランだったのかもしれません。

 
 
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