月夜の田圃タンボで鳴くカエルは?

  
      ウシガエルの♂:目の後ろの二重丸が鼓膜。

何有荘から車で15分ほどの所に作曲家・海沼実の記念碑があります。
♪月夜の 田圃(たんぼ)で コロロコロロ コロロコロコロ 鳴る笛は~
の歌詞と曲が刻されています。
海沼の妻の実家跡地に建てられた碑で、この曲は戦争中、妻の実家に疎開していた海沼がここで「蛙の笛」を作曲したそうです。

作詞の齊藤信夫は千葉県銚子の人で、車で2時間ほど離れていますが、ほぼ同じ自然環境といえます。
齊藤信夫と海沼実が聴いた蛙の鳴き声はゲロゲロゲロゲログァッグァッグァではありませんでした。

コロロコロコロと銀の笛のように鳴くカエルは本当に存在するのか、といえば「存在します」が正解。
この地域には『シュレーゲルアオガエル』というアマガエルにそっくりな蛙が棲息しています。その鳴き声を耳を澄まして聴けばコロロコロコロと聞こえます。
明治時代にシュレーゲルさんという学者が、この笛の名手をアオガエルと区別して分類したので『シュレーゲルアオガエル』と言います。バタ臭い名前ですが純粋日本種。

何有荘そばの田圃でも銀の笛が聞こえます。
この季節、蛙の合唱・蛙の合奏で毎晩、うるさいほどです。
草木も眠る丑三つ時、シンと静まりかえった夜…などというのはまったくのウソ。
蛙の声に混じってゲーッだかギャーッだか夜の鳥の声もしているのが日本の農村の自然な夜の姿です。
何種類もの蛙の声を聞き分けるのは大変ですが、その中で確かにコロロコロコロが混じっています。
あのコロロコロコロと鳴いているのは何? と幼い子どもが疑問に感じたのでしょうね。
齊藤の詩は穏やかで幸福な農村家庭の姿を描いています。

画像は何有荘前の池で休んでいるウシガエル。
手足を伸ばせばゆうに30cmを超える大型で凶暴なカエル。
これが日本の生態系を乱す元凶、北アメリカ原産。別名、食用蛙。

庶民には牛肉や豚肉が高価で買えなかった大正時代に高タンパク質の食用として輸入され、あっという間に全国に広まってしまいました。
こいつらがコントラバス集団のように重低音でブオーッブオーッと一晩中鳴くものですから、まるで暴走族のように思えます。

コロロコロコロの声がかき消されるだけではなく、声の主・シュレーゲルアオガエルもウシガエルに食べられて絶滅に瀕しています。

いつの日か、♪月夜の蛙はブオーッブオーッブオーッ…になってしまったら悲劇ですな。日本情緒なんて消し飛んでしまう。

参考
「蛙の笛」              斎藤信夫作詞・海沼実作曲

月夜の 田圃(たんぼ)で コロロコロロ コロロコロコロ 鳴る笛は
あれはね あれはね あれは蛙の 銀(ぎん)の笛 ささ 銀の笛

あの笛きいてりゃ コロロコロロ コロロコロコロ 眠(ねむ)くなる
あれはね あれはね あれは蛙の 子守唄(こもりうた) ささ 子守唄

蛙が笛吹きゃ コロロコロロ コロロコロコロ 夜(よ)が更(ふ)ける
ごらんよ ごらんよ ごらんお月さんも 夢みてる ささ 夢みてる

 

関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

ネットでザッと調べ直してみました。行元寺に集団疎開していたのは東京の墨田区立(当時は本所区立)外手国民学校の女子児童80名・引率教員1名のようです。4年生という説と6年生という説があります。行元寺に直接聞けばはっきりすることでしょう。ご承知のように、墨田区は東京大空襲(1945年3月15日)で焦土と化しましたから、疎開していた小雀は、「母さん捜して呼んだけどサラサラ冷たい風ばかり」であったことはリアルな表現です。この歌は現代の「ご詠歌」と言っても良いかもしれません。