初夏の風物詩・チガヤの穂の波

  
     近くの耕作放棄地にチガヤの大群落

何有荘付近の耕作放棄地の中にはチガヤが群落になっている場所がいくつかあり、そこは日の光をあびると大変美しい。
5月になったなぁと感じる景色です。

「茅」だけでチガヤと読むけれど、茅チと萱カヤの複合語と考えた方が合理的。
ツバナ・チバナは花穂の名。若い花穂には甘味があり、昔の子はよくかじったそうです。
浅茅(あさぢ)・浅茅生(あさぢう)はチガヤの生えているようすを示す言葉。
チマキは笹の葉巻きではなく、昔は茅の葉で包んだのだとか。

荒れ地を代表する野草。だからこそ大昔から日本を代表する野草でした。
「倭ヤマトは そそ茅原チハラ 浅茅原アサヂハラ」と日本書紀(巻15顕宗天皇即位前紀)にあります。「そそ」は語調を整えるだけで意味はありません。
一面のチガヤの野原こそ日本人が愛した原風景でした。

例えば箱根仙石原のススキの原野は今日でも多くの観光客に愛されています。
チガヤの原野はそのミニチュア版で初夏に真っ白な花(穂)をつけます。

万葉集の時代から様々に歌われている中で、次の歌が一番有名。
                    『百人一首』039 参議源等
あさぢふの をのゝしの原 忍れど あまりてなどか 人のこひしき

--あたり一面チガヤの野の中にある篠竹は背が高いので隠れようとしても目立ってしまう。それと同じで、どんなに隠そう、忍ぶのだと決意してもあなたが恋しいという思いが平常心の上に湧き立ち困っているのです。--
 ※「をのゝしの原」 は「小野の篠原」ではありません。
  単に「野の篠原」であって頭の「を」は語調を整える接頭語。

6~7月、尾瀬のワタスゲが満開になると誰からも愛され、写真に撮られています。何有荘付近のチガヤは雑草として刈られ、誰からも見向きもされません。
秋の尾瀬は草紅葉クサモミジが美しいのですが、チガヤだって草紅葉になります。

ワタスゲもチガヤもその人気の差ほどは姿・形は違わない。
人気のワタスゲと比べるとチガヤは差別されてちょっと気の毒。

ショーウインドウの中や遠い観光地へ探しに行かなくとも身近にも美しいものはたくさんあります。
耕作放棄地だって良いこともあります。日本の原風景が復活している場所もあるのですから。

 

関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント