★いすみ市大原、故郷の山は最上山(1)

見晴らし台
    最上山ハイキングコース、展望台からの眺め

大原と言えば青い海-太平洋。イセエビにアワビ。海水浴場。
では山は?……。ちょっと思いつきません。
でも最近、最上山が故郷の山だ、というイメージがあることを知りました。

   大原中学校校歌-―――――――♪ 最上ケ丘に聳えたつ 白亜燦たる学舎に…。
   統廃合前の旧大原中学校校歌――♪ 最上山 松は緑に 塩田川 流れは清し…。

山の手にある大原中学は最上ケ丘というおしゃれな場所にあり、市役所で最上山の登山口を尋ねたら、最上山は中学の裏手だから、椿公園に降りてから登り口があると紹介されました。

ところが本当は旧大原中学の裏手、つまり現大原文化センターの裏手の山が最上山だと地元の人は言います。
市役所を500mほど直進し、医師会館前の駐車場脇にハイキングコースの登山口がありました。
この山頂に疱神(モガミ)神社がかつてあり、今も小さな祠(ホコラ)があります。
天然痘撲滅の神様=疱神様を祀る山だから、最上山(モガミヤマ)と名付けられました。
標高は89mほどですが姿が良く、海からも眺められる信仰の山でした。

この山のふもとに二つの神社があります。東に八坂神社、南南東に御嶽神社。
どちらの神社も頼朝伝説があり、頼朝が打倒平家の兵力をここに寄せ集めた(だからこの地区を寄瀬 ヨセという)際、戦場での病気怪我がないように祭礼を執行したのが起源だと伝えられています。

わたしはこの二つの神社の起源はもっと古いのではないかと勝手に想像しています。

東の八坂神社への視線を遠くに置けば、古代から近代までの大原港=丹が浦となり、春分の日、秋分の日には太平洋から昇る太陽が真東から最上山を照らし、八坂神社・丹が浦を照らします。
夕日は大原港から見れば真西=八坂神社・最上山に落ちます。
八坂神社は太平洋と最上山とを結ぶライン上の古代からの重要な神社だった…。

御嶽神社は山頂から南南東にあり、その先には日本武尊伝説がある日月神社となります。
つまり山頂の最上神社と山裾の御嶽神社、太平洋に近い日月神社は同一のライン上にあります。

山頂から少し視線をずらしてみましょう。
東南東には大原でも最も古い神社の一つである 瀧内神社 があります。
東南の方向には貝須賀の鹿島神社、大原はだか祭でも唯一金色の屋根を持つ神輿で有名な鹿島神社があります。

北から瀧内神社、鹿島神社、日月神社と並んだ三社は大原十八社の中でも古くて格式が上とされる「上座 カミクラ 三社」とよばれ、現在も強い絆で結ばれています。
はだか祭りのラスト、十八社による大別れの後、この三社だけの三社の別れは格別な趣があります。
この三社は最上山を扇の要として、江戸時代には中魚落(ナカイオチ)郷と呼ばれた大原のコアな部分に展開しており、最上山は中魚落郷のランドマークであると言って良いでしょう。

頼朝公よりずっと昔から、大原に人が住みついた神話の時代から最上山は大原の各村々を見渡し、静かにじっと人々を見守ってきたのだと思います。

医療が原始的だった頃、死ぬか生きるか神頼みでしたから、人々は地元の神社に詣で、最上山を伏し仰ぎ病気・けがの治癒を願ったことでしょう。
最上山が故郷の山だという認識は、大原の人々にとっては大昔からあり、漁師にとっては永らく沖合にいる自分の船の位置を確かめる重要な目印の山でした。

今日でも地元のボランティアによって最上山山頂までの山道の整備が行われています。
                                     (つづく)


 
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