★東光寺――上総広常公の位牌 

上中下
   位牌の上部・中部・下部

いすみ市に合併する前の『大原町史』(1993年)に次のような記述があります。

――春谷山東光寺(曹洞宗) 上寄瀬区
当寺に現存している上総介広常の位牌に「天養元甲子年八月二十八日」とあるが天養元年は一一四四年であるので、広常没後八四〇年になる。―――

この記述は一読すると論旨明解ですが実は意味不明。
まず没後840年とは何を基準にして840年としたのでしょうか。
文章上からは天養元年を基準にしたと読み取れますが、広常の没年月日は1183年12月20日。
1183年を基準にして没後840年は2023年になってしまいます。

1144年(天養元年)を基準に840年加えれば1984年となり、町史原稿執筆当時まで840年となりますが、天養元年が広常の没年月日であるはずがないので、「広常没後840年」の記述は宙に浮いてしまいます。

原稿執筆者は位牌にある「天養元甲子年八月二十八日」を広常没年月日と勘違いして、本当の没年月日を調べなかったのではないでしょうか。
怠慢と言わざるを得ませんし、そのまま出版した編集責任者の責任も重いはずです。

さて、そういうわけで東光寺をお尋ねして現物を拝見し、お話をお伺いしました。
高齢のご住職は快く応じて下さり、位牌を奥から取り出して見せてくれました。

位牌は高さ40cm程度、黒漆塗り。長い年月で漆が乾燥しすぎて剥げ落ち、下地の木部や胡粉が一部見えていますが、文字はかろうじて読み取れます。

右にやや小さな文字で、「天養元甲子年八月二十八日」
中央に 「〇(判読不能)館 當寺開基 春谷院殿音山道観大居士 尊霊」とあり
左下にやや小さな文字で、「當国領主 上総之助廣庸公」 とあります。
背面は無地。

正直言って困惑しました。
一・二行目を素直に読めば、これは天養元年に亡くなった東光寺初代住職のご位牌です。

開基とは、たとえば唐招提寺の開基は鑑真和上である――のように初代住職を意味します。
法名(戒名)の書き出しに 「當寺開基」 と初代東光寺の住職だとはっきり明示してあり、春谷院殿とはこの寺の山号“春谷山”と同じですから、初代ご住職の法名にまず間違いありません。

通常、法名(戒名)は故人の業績、人柄、氏名等を暗示する文字が入るものです。
布施にある石造の広常供養塔に刻まれた戒名は「総見院殿観宝広恒大居士」で、いかにも上総の実力者にふさわしく、広恒と表記することで広常の戒名であることを暗示しています。

ご位牌と供養塔では戒名が異なり、それでもなお、このご位牌が広常の位牌だと記述した理由を原稿執筆者は何も語っていません。

問題は三行目で、奇妙な文字使いです。
通常、 「上総介」 と三文字で書くべきところを、「上総之助」 と四文字表記でしかも 「スケ」 の文字が異なります。
さらに「広常」が 「廣庸」 となっています。
はじめは広常とは別人、広常の親族の誰かが僧になり、このお寺の開基になったのかと思い、年上親族を調べみると、一族に廣庸なる人物はいませんでした。
漢字辞典で調べると、廣庸でヒロツネと読むことができます。
廣庸=広常と認定して良いでしょう。

今日の位牌は「俗名 〇〇××」と表記されるので誤解の余地はありません。
このご位牌の場合、法名の人物が俗名広常だとすると、広常=初代住職の意味になってしまいますが広常が僧職にあったとは聞いたことがありませんし、第一、没年月日が合いません。

ではなぜ三行目に広常の名が刻まれているのか、この位牌が広常の位牌であると断定してよいのか、謎は深まるばかりです。
しいて言えば、亡くなった初代住職のために立派な位牌を作ったのが広常である、と位牌に表記したと推測すれば合理的な解釈ができますが…。

ご住職は、「さぁ私たちもはっきりわからないのです。このご位牌だって本物だかどうだか。お寺に代々伝わっていますから大切にしています」と正直なお話でした。

『大原町史』の記述としては “上総広常の名を刻んだ位牌が伝わっているが、広常本人の位牌かどうか検討の余地がある” 程度の記述にしておくべきでした。
“現存している上総広常の位牌”と何の論証もなしに断定したのは早計でした。

なお、『大原町史』はこのお寺の山号を 「春谷山」 と表記していますが、これも間違いです。
昭和28年に釈迦谷(シャカヤツ)にあった龍谷寺を併合してから、龍谷寺の本尊も合わせ、山号を 「龍谷山東光寺」 と今は称しています。

釈迦谷の龍谷寺は広常の館があった布施の殿台に近く、広常の子息の病気平癒の祈願が行われたそうです。東光寺には広常の名を刻んだこの謎の位牌があります。
どちらのお寺も広常に関係深いお寺です。だから龍谷寺を吸収合併したのでしょう。

大原地域は広常の影が今でもチラホラ垣間見える地域です。


  
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント