★法興寺の榧(カヤ)の大木

カヤ
      樹高30m、幹周4.6m。樹齢は約300年

「かやの木山の」を音楽の授業で習ったのは高校1年生の時です。
メロディーは出だしの4小節しか思い出せませんが、北原白秋作詞、山田耕筰作曲の格調高い 「歌曲」 でした。
調べ直してみるとこんな歌詞です。

     かやの木山の かやの実は
         いつかこぼれて ひろわれて
               山家(ヤマガ)のお婆さは いろり端(バタ)

     粗朶(ソダ)たき 柴たき 燈(アカ)りつけ
          かやの実かやの実 それ爆(ハ)ぜた
                  今夜も雨だろ もう寝よよ

     お猿が啼(ナ)くだで 早(ハ)よお眠(ネ)よ

高校生にもなると面倒くさい歌を唄うものだと思ったものです。
カヤの木は見たことがありませんでしたが、何となくイメージは湧きました。
実を食べることがあったのですね。

法興寺(ホッコウジ)のカヤは樹齢300余年とのことですから江戸時代のことになります。
それ以前、戦国時代末期(1572)にこのお寺は争乱に巻き込まれて焼き打ちに会っています。
どういう事情か知りませんが、焼き打ちに会うほど勢力のあるお寺だったのでしょう。

このお寺は伝教大師の創建と伝えられています。
しかし、発掘調査からは白鳳時代の瓦が出土しています。つまり平安時代初期の伝教大師よりも200年さかのぼり、上総地方でも屈指の古刹です。
奈良時代の聖武天皇による上総国分寺(市原市)建立よりも100年も古い。

なぜこんな古い、当時としては最先端の寺院がここにあったのか――?
7世紀当時の外房・いすみ市は上総の最先端地域であった可能性を考えてみるべきでしょう。
上総一ノ宮である玉前(タマサキ)神社が、上総国府があった市原市ではなく、いすみ市の隣町・一宮町にあることと、おそらく関係あるのでしょう。

初めていすみ市に来た時、法興寺が近所にあるので驚きました。
法興寺とは蘇我氏が建立した日本最初の本格的寺院の名前ですから、同じ名前にするなんてずいぶん厚顔だなと思ったのです。
しかし、古代瓦からは蘇我氏の影響が読み取れました。おそらく蘇我氏系の援助で、上総の国に仏法を興隆するぞ、という意気込みで命名され、建立されたのでしょう。

一方、玉前神社は物部氏系とされていますから、上総を舞台にして蘇我氏と物部氏の勢力拡大競争があったと想像すると興味は尽きないですね。

お寺なのにご神木というのも変ですが、江戸時代までは神仏混淆でしたから気にしない。
静かで立派なお寺で、山門の仁王様は一見の価値がある素晴らしい作品です。


 
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