月見草の仲間です

   
      モモイロヒルザキツキミソウ。右上はマーガレット

最近よく見かけるようになったピンクの可憐な花で、幕末の頃に観賞用として輸入された北米原産の帰化植物・桃色昼咲き月見草。
いつのまにか花壇から抜け出して野生化し、全国に広まっています。

ヒルザキツキミソウは白い花で,しぼむと桃色になるけれど、このモモイロヒルザキツキミソウは初めから桃色なので、そう命名されました。
しかし、もうちょっとマシな名前にならなかったのでしょうかネェ。あまりにも芸がない。

だいたい、ヒルザキツキミソウという名前が形容矛盾。
月見草は夕方に咲くから月見草であって、朝から咲いていては月見草とは言えないんじゃないですか。
その上、桃色だから「桃色昼咲き月見草」だ、という命名はあまりに安易・ずぼらで手抜き。日本人古来の感性がまったくありません。

その点で、月見草という名前は情緒があります。
今年、生誕百年で話題復活の太宰治は『富嶽百景』の中で
――けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。――
と述べていたのは有名な話です。

ところが太宰が月見草と信じていた花は、実は待宵草マツヨイグサであると学者は言います。
黄色花系統が待宵草、白花系統を月見草と区別するそうです。専門家はウルサイ。
庶民レベルでは、月見草には白花と黄花があり、月見草の別名が待宵草だと信じている人が多い。
植物分類学上の「正しい名称」が庶民感覚とずれているのです。

挙げ句の果てに大正ロマンの巨匠・竹久夢二が
   待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな
の歌を作ったので、待宵草が正しいのか、宵待草が正しいのかという論争になってしまいました。

わたしはどちらでも情緒があって良いと思いますがネ。
勝手に名前をつけるのは学者じゃない者の特権です。

さて「桃色昼咲き月見草」という情緒のヒトカケラもない名前のこの花は、その愛らしく可憐な姿に似ず、真夏の炎天下でもびくともしません。
荒れ地だろうとなんだろうと、地下茎が発達しているので、ものすごい勢いで増えていきます。しかも、こぼれダネでアチコチに一族を拡大します。

庭に植えるとその後、処置に困ってしまいますヨ。
太宰風に言えば「桃色昼咲き月見草は路傍にこそよく似合う」です。

 

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コメント

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辞書をひくなんて偉いですね。でも辞書よりも学者よりも強力なものは庶民の無知蒙昧・知ったか・世論でして、庶民が黄色花を月見草だ、と断定し続ければやがて学者も辞書も待宵草=月見草と書くに違いありません。