★巡礼谷の美女と白蛇伝説

巡礼坂善応寺
  いすみ市高谷の巡礼坂の碑      高谷の善応寺(上総国三十三所巡礼8番札納所)

いすみ市には天台宗のお寺が多く、しかも観音様を本尊とする例が多い。
高谷には画像の善応寺(十一面観音)のほかに観音寺(聖観音)があり、北側の山を越した鴨根には坂東三十三観音霊場第32番札所である音羽山清水寺(千手観音と十一面観音)があります。
有名無名、いずれも千数百年の観音様の古刹であり、この地域が古くから開け、信仰心の篤い地域だったことを伝えています。

江戸時代に庶民の間で爆発的な旅行ブームが起き、お伊勢参りや霊場巡りが盛んになりました。
今はもう、どこから見ても静かな農村である高谷地区にも観音様霊場を巡る巡礼者の姿を見かけることが多かった、そんな時代に生まれた伝説があります。

―――月明かりが雑木林の繁みより洩れ、山道は明るかった。若者は早く家へもどろうと早足で坂道を登っていたが、少し疲れて立ち止まった。空を見上げると月に雲がかかり、やや暗くなったが、白い山桜の花がぼんやりと浮かび上がっているのが良く見える。
若者は桜を眺めながら汗をぬぐうと、ふと怪しんだ。桜が動いたのだ。いや、桜が動いたように見えたのは月明かりがもどって気付いたが、白衣の巡礼者の姿だった。
巡礼者が一人、山道を下って近づいてきた。若者は道の端によけ、通り過ぎる巡礼者の横顔を見て驚いた。美しい若い女性だった。若者は思わず「若い身でお一人、夜分にどうして清水寺に参詣するのですか」とたずねた。
すると美女は振り向きもせず、一言も語らずに道を降りていく。「もし」ともう一度声を掛けた時に再び月がかげり、巡礼者の姿は掻き消えた。驚いて目を凝らすと白蛇が一匹山道を降りて行った。
若者は目の錯覚だったのか、それとも夢でも見たのかと疑い、翌晩も山道で待つことにした。
すると確かに白い巡礼服の娘が現れた。しかし若者が声を掛けても答えることなく再び姿が消え、足もとにはまたもや白い蛇がいた。
三日目の晩、若者が声を掛けようとしたとき、巡礼女が先に声を発した。
「お前はここで何をしている。早く去れ。この辺は万事狭い。わたしはもっと広い場所へ行く」と言うやいなや白蛇の姿になり、もと来た道を戻っていった。若者は後をつけたがどんどん離され、やがて姿が見えなくなった。どうやら南の方、遠く房州方面(現在の鴨川方面)へ去ったようだった。以来草深きこの地を巡礼谷というようになった。―――

巡礼谷は、最近まで使われた小字(コアザ)では順礼谷と文字が少し変わっています。
清水寺-巡礼谷-仙人山-菩薩谷-高谷という順に山越えをする巡礼道があったのでしょう。
現在はふもとに狭いながらも車道が整備され、山道を越える人はいなくなりました。

白蛇が去ったという伝説は、時代が変わり巡礼者が減ってしまったという意味があるのかもしれません。
だとすると、この伝説はそれほど古い時代に生まれたのではないでしょう。
しかし、画像の「巡礼坂」石碑は市が立てたのではなく、昭和62年に四国の篤信家によるものです。
観音信仰は現在も細々ではありますが、しっかりと続いている証拠です。


 
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