★梨の花 開く

梨の花
 純白の梨の花。今後、大きな実のために、いくつかの花だけを残す摘花作業となる。

千葉県は全国有数の梨の産地で、船橋市のフナッシーがやけに有名になりましたが、いすみ市にも数多くの梨園があります。
桜の花が散り始めた頃から咲き始め、今がちょうど梨の季節で画像のような美しい花が咲いています。

梨の純白の花は中国では古くから愛されてきました。
清純、潔白、無垢、正義、長寿の象徴。とりわけ美人のたとえとして有名です。

唐の玄宗皇帝の愛人・楊貴妃を歌った李白の“長恨歌の一節”

    ――玉容寂寞涙闌干、梨花一枝春帶雨 ――
    ギョクヨウジャクバク ナミダランカン リカイッシ ハルサメヲオブ

    ―― 玉のような美しい顔は寂しげで、涙がぽろぽろとこぼれおちる。
            まるで梨の花が一枝、春の雨に濡れているようだ。――

今日は朝から雨。
雨に打たれる梨の花を見ると楊貴妃が思い浮かんでしまいます。
韓国の女子大トップ校の名前が “梨花女子大学”というのも梨の花の属性を踏まえたものでしょう。
もっとも 同大学のHP の画像には梨の花ではなく、青空をバックに白いモクレンの花が写っているのはどういうわけなのでしょうか。

玄宗皇帝は梨の花咲く庭園で歌舞音曲を楽しんだことから、諸芸能の舞台、あるいは団体、人々を“梨園”と称したのは庭園ばかりではなく、俳優もまた素晴らしい花のような人々という意味があるからでしょう。
梨園は、日本ではもっぱら歌舞伎役者の世界を指す言葉になっています。

さて、中国古典文学の世界で、梅、桃、李(スモモ)、梨が愛されているのは花が美しいだけではなく、その実もおいしいからではないかとわたしは推測しています。
日本人が愛する桜は本来は山桜で、小さなサクランボのような実がなるけれど、商品的な価値はありません。
現実主義者の中国人から見ると桜は価値のない花だった。すぐ散ってしまうし。

一方、日本人が桜を愛するのは宗教的な感覚だと思っています。 
山桜の場合は特にそうですが、そこだけスポットライトを浴びたように見えます。
幻想的であり、桜の樹に山の神が降臨したという印象を受けます。
樹齢数百年の桜の老樹は、桜そのものが生命力の根源、神そのもののような神々しさを感じてしまいます。

つまり果樹ではなかった点が日本人に好まれた。
梨の花がどんなに美しくとも、そこに精神的なものを感じとる人はあまりいません。
おいしく立派な実がなることに興味関心が移ってしまいます。


 
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