★押日の白蛇伝説

弁財天
    八幡小堰の脇にある弁天島の弁財天

いすみ市岬町には押日(オシビ)という珍しい地名があります。
その由来は昔、高市(タケチ)皇子が房総巡視の際、日が暮れるのを惜しみ“惜日”と名付け、それが“押日”になったと伝えられています。

ところが茂原市にも押日地区があり、そこでは日本武尊が主人公で、尊が関東・東北行軍の折に日が暮れるのを惜しみ“惜日”と名付け、それが“押日”になったそうです。

伝説には足がある――と言います。
足があって、あちらにもこちらにも歩き回り、同様の伝説が広まりました。
一方、民話には足がなく、その地域独特の話が伝わっている―――といいますが、民話とて各地に同工異曲の話が伝わっていますから、伝説と民話を区別するのは難しい。

タイトルにある白蛇伝説も似た話が各地に存在します。
子細に検討するとストーリーの起承転結、因果関係は矛盾だらけですが、それが民話・伝説の特徴ですから、おかしいじゃないかと目くじらを立ててはいけません。

押日地区の鎮守様は押日八幡神社で、周辺地区の神社の親神様でもあります。
その八幡様の脇に、農業用ため池の八幡大堰、八幡小堰があります。
周辺は耕地整理が進み、道路の拡幅工事が行われていますが堰の周辺は昔からの様子が色濃く残っています。
おそらく、往古の時代に夷隅川の河床だった部分が流路の変更で取り残されて泥湿地になり、そこに堰をもうけて溜池としたものでしょう。

訪れた日は小堰にたくさんの亀、おそらく十数匹の亀が浮かんでいて、皆こちらを見ており、異様な雰囲気がありました。
弁天島は今はほとんど地続きですが、昔は島だったに違いないという地形で、島と周辺が社域なのでしょうか、深い森の雰囲気が少しは残っています。
白蛇伝説があるのもさもありなんという雰囲気です。

岬町史からそっくり転載しましょう。

―――押日の小堰の小島に弁財天が祀られている。
伝説によると、いつ頃か高貴なお方が姫を同伴、九十九里方面より南方へ旅の途上、姫が急病になり、押日地区の豪族に頼ろうと捜す間に不運にも美しい若い姫は世を去った。
押日の人々が薄命美貌の姫を惜しみ祠を建て弁財天を祀った。ところが弁財天の付近には折々大きな白蛇が現れるので、村人は美しい姫の霊が押日を去るに忍びず、白蛇になり住み着いたのだろうと噂している。―――

もちろん歴史的事実とは考えられませんが、そういう話だよと伝えられてきた事実は大切にしたいと思います。

弁天様は今では七福神の一人として、学問・芸能・蓄財の神様として知られています。
本当は水を支配する神様で、神奈川県の江の島、上野の不忍池、鎌倉の銭洗弁天、広島の厳島神社、琵琶湖の竹生島などいずれも水--海、湖沼、湧水に関係しています。

海の女神と信じられるようになると、竜宮城の乙姫様と考えられ、それで亀がお使い番として仕えることとなります。
小堰に亀がたくさんいたのも、神の使いとして大切にされているからでしょう。

また水の神様は水田の神様であり、龍や蛇の姿で現れるとも信じられました。
押日小堰の白蛇伝説は、農業用ため池を守る弁天様伝説・水神伝説という文化的背景の中で生まれ、語り伝えられたものだと考えています。


 
 
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