★土手に咲くタンポポの花 


  正立寺地区に立ち寄った時、日当たりのよい土手にタンポポが花盛りでした

この花は関東タンポポで、西洋タンポポは探してみても一輪もありませんでした。
千葉県にはこの地区に限らず、西洋タンポポが侵入していない地区があるのでうれしくなります。
西洋タンポポは裏返すとガクがぐるりと反り返っているのに対し、日本のタンポポはガクがみなくっついてカップのような姿で花を受けています。
  西洋タンポポ

タンポポの名前の由来については諸説ありますが、昔の鼓(ツヅミ)との関係が有力です。
頭花を左右二つ並行にして中央をつまむと鼓に見え、「タン・ポンポン」とその音を真似たというもの。
また、茎の両端を細く裂き水に浸けると鼓の形になるため、とも言われています。
兵庫県の川西市にある“鼓が滝”はその水の落ちる音が典雅なことで知られていました。

―――八百年余り前、西行法師が和歌の道を志して間もなくのころ、山をいくつも越え、猪名川のほとりにある鼓が滝に着きました。見事な滝をながめて浮かんだ一首が

     はるばると 鼓が滝にきてみれば 岸辺に咲くや たんぽぽの花

出来栄えに満足すると、疲れのためか、ついうとうとと眠ってしまいました。
冷たい夜風に目を覚ますと、近くに民家の灯があり、訪ねてみると白髪の老夫帰と孫娘らしい幼子が快く迎えてくれました。

温かい食事をごちそうになりながら、西行法師が自慢げに鼓が滝の歌を披露すると
老人は 「大変良い歌だが、ちょっと直しても良いかな」 と言う。
西行はむっとしましたが一宿一飯の恩義があるので、よろしくお願いしますと下手に出ました。
老人は「はるばると」を「音に聞く」とした方がよろしかろうと思いますと言う。
西行は、確かに老人が言うように「音に聞く鼓が滝」の方が、繋がりが良いなと感心しました。

すると婆さんが横から「わたしも一つ直して良いかのう」と言い出したので、西行は何だこの婆さんは失礼なと思ったけれどじっと我慢しました。
「じいさんが直した次のところなんじゃがのう。『鼓が滝に来てみれば』を『鼓が滝を打ち見れば』とした方が、滝の音がポンポンーンと鼓を打つように聞こえてくる感じがしてくるんじゃがのう」
西行は大変驚いた。
「打ち見る」とは古語で、ちょっと見るの意ですからうまく掛詞になります。
西行は「お二人の申すこと誠にもっともで、見事じゃ」と誉めました。

それを聞いていた七、八歳の孫娘が、「じゃー、ついでに私も一つ直してあげましょう」と言ったので、
あきれてしまい、こんな子どもに何が判るか思いつつ、仕方なく聞いてやることにしました。
すると、「『岸辺に咲きし』を『川辺に咲きし』とした方が、上から下までみんなそろってよろしいかと思います」 
西行は愕然として言葉も出ません。娘は鼓の「皮」と「川」とを掛けた方が面白いと指摘したのです。
三人の添削をまとめると

     音に聞く、鼓が滝を打ち見れば川辺に咲きし、たんぽぽの花

西行は自分の歌が添削の結果、格段に優れた歌になったのを認めざるをえません。
三人の顔を呆然と眺め、ついにガクッと頭を垂れました。
その瞬間、西行はハッと驚き夢を見ていたことに気づきました。老人の家は跡かたもなく、そこは鼓が滝の前であり、脇には住吉神社の祠(ホコラ)がありました。
住吉神社は和歌の神様です。神様が夢に現れ西行の慢心を諌めたのだと悟り、以後は身を慎み、歌道にいっそう励んだそうな―――

どうもこの話は伝説・民話というよりも、鼓とタンポポとを無理やりこじつけた江戸時代ごろの講談か落語の創作話のような気がします。
添削後の歌も新古今調の秀歌だとは思えませんが、タンポポの名前の由来が鼓と関係があると昔の人が信じていた話として読むと、それはそれで味わい深いものがあります。

 
 

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