★布良(メラ)の防空壕壁画 


   岩崎巴人(ハジン)氏の筆による

房総半島の東南端、布良ハイキングに誘われました。
布良は昨年末に訪れたばかりですが、ハイキングコース途中にある洞窟画を見たいがゆえに参加しました。

場所は海上保安庁第三管区送信所の近くで、戦中は敵機に備えてレーダー基地があった場所です。
そのため米軍の激しい攻撃にさらされ、周辺には多数の防空遺跡が残されていますが、あまり知られていません。
その旧レーダー基地へと続く立派な防空壕がいくつかあり、おそらく指令室や機械室、管理棟や居住区などが地下で連結していたと想像されますが、その詳細はまったく不明です。
現在では主要部への出入り口は封鎖され、そこに岩崎巴人が壁に漆喰を塗って仏画を描きました。
三か所とも畳二枚ぐらいの大きさです。

最初の図は「文殊様」のようです。
三人寄れば文殊の知恵で有名な文殊様は普通は、右手に剣を持っています。
頭の良い人を「あの人は切れる」といいますが、知恵の力で無知蒙昧、悪邪を切り開く剣です。
ところが蓮を持っていたのでちょっと迷いましたが、獅子に乗り、左手に経典を持っている姿は間違いなく文殊様です。
後で調べ直したら、清浄な精神を示すために蓮を持つ場合があるとのことで、文殊様で確定です。
それにしても何か少しオネエみたいなリアルさが感じられます。

画像中央は『捨身飼虎 シャシンシコ 』図で、法隆寺の玉虫厨子にも描かれている有名なエピソードです。
釈迦は前世に飢えた虎の親子と出会い、我が身を投げ出して食わせ、虎の母子を救う話です。

右図は菩提樹が描かれていますから、お釈迦様に間違いありません。

岩崎巴人(1917-2010)が何を考えてここにこのような絵を残したのか知りません。
1967年、50歳の頃の作品で、60歳で僧籍に入りますから、その頃から仏教に傾倒していたことがわかります。
ここが軍事施設であったことを考えると、戦争で散った若き命の鎮魂のためだと思われます。
レーダー基地からは太平洋が一望され、そのはるか彼方で食料も弾薬もなく、降伏することも許されずに多くの将兵の命が奪われました。

勝手に解釈すれば、文殊様は若き学徒兵。捨身飼虎は飢えた虎(戦争)に身をささげた。そして悟りを開いて仏様になった(戦死した)という連作だと思っています。

戦争の悲惨な記憶が世間から薄らぐ中、靖国神社に首相が公式参拝しました。
生き残った者として二度と戦争を起こしてはならぬという決意を込めた鎮魂の壁画が、人知れぬ真っ暗な洞窟の中でコウモリに守られてひっそりと存在しています。
                                    岩崎巴人について→●

 

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