★蝶々が飛び始めました


   春型モンシロチョウは黒い紋が薄く、全体が白っぽい

久しぶりに雨が降り、今朝はやや寒い朝ですが、これで平年並み。
ここ一週間はとても暖かく、花粉も最盛期。野良仕事に出るのも完全防備が必要です。
蝶々に花粉症は関係ないのか、暖かさに浮かれて舞い始めています。
モンシロチョウ、モンキチョウ、ツマグロキチョウ、アカタテハに出会いました。

画像は庭の菜の花に来たモンシロチョウ。
春型ですから全体に小柄。黒い縁取りと紋も細くて薄い。まさにシロチョウ(白蝶)です。
菜の花にモンシロチョウは似合いますね。

ところが文部省唱歌『蝶々』(明治14(1881)年)では「菜の花」ではなく「菜の葉」です。

     『蝶々』        野村秋足作詞 原曲ドイツ民謡
     蝶々 蝶々 菜の葉に止れ
     菜の葉に飽たら 桜に遊べ
     桜の花の 栄ゆる御代に
     止れや遊べ 遊べや止れ

戦前は天皇礼賛の歌詞だったというのも驚きですが、花から花への印象が強く、何となく「菜の花から桜の花へ」とイメージしていませんでしたか。
菜の花に止まれではなく、菜の葉に止まれなのです。

では花ではなく葉に止まる理由は?
それは産卵場所を必死に探しているのであり、決して遊んでいるわけではありません。
『花』にとまる時は蜜を吸いに来ている時です。
桜の花にはめったに行きません。
樹高がありすぎるので、モンシロチョウはあまり高くは飛べないのです。
もしも桜の花で遊んでいたら、風に飛ばされて運ばれた時のことでしょう。

花の開花と蝶の舞い始めはシンクロしています。
花が咲いても受粉を助ける蝶が来なければ無駄花になっていまいますからね。
蝶も舞い始めて花の蜜がなければ飢え死にです。
蝶と花とは共存共栄の関係にあります。

野村秋足がドイツの曲に詞をつけた明治時代にはキャベツ畑がありませんでした。
キャベツが日本中の家庭で食べられるようになったのは戦後のことです。
いすみ市はキャベツの一大生産地で、キャベツ畑が広がっています。
そのキャベツ畑の上に無数のモンシロチョウが舞い踊るのももう間もなくでしょう。

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