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★疱瘡(ホウソウ)神社(1)


  いすみ市下原862

日本には八百万(ヤオヨロズ)の神々がいるとかで、海の神様、山の神様など数限りない。
現代でも、トイレにはそれはそれはキレイな女神様がいるんやで、と評判になったりします。
福の神は歓迎しますが、貧乏神や疫病(ヤクビョウ)神はちょっと遠慮したい神様です。
ところがいすみ市には多くの疫病神を祀る神社があります。
表題の疱瘡神社もその一つです。

疱瘡と言っても最近の人はなじみがないかもしれません。
疱瘡は痘瘡(トウソウ)、あるいは天然痘とも言われ、史上最悪の流行病の一種でした。
免疫のない人がウイルスに接すると80%の人が発症し、致死率40%と言われています。

「瘡(カサ)発(イ)でて死(ミマカ)る者――身焼かれ、打たれ、砕(クダ)かるるが如(ゴト)し」--『日本書紀』
高熱を発した後、内臓を含む全身に発疹が起き、それが化膿して膿みただれ、激しい苦痛と高熱を伴う病気です。
聖徳太子の父君である用明天皇が在位3年で死去したのはこの病気と推察されています。
藤原不比等の息子四兄弟が相前後して死亡したのも九州・太宰府方面から流行り出した天然痘によるものでした。

有名人では独眼竜正宗といわれた伊達正宗。幼い頃に痘瘡を患い、治癒した後も片方の目は失明してしまいました。
徳川末期の孝明天皇は暗殺説が流れたほどの急死でしたが、天然痘と言われています。
最近TVで知りましたが、最後の会津藩主・松平容保(カタモリ)の正妻もそうでした。

身分の上下を問わず大流行し、多くの人々の命を奪い、治癒しても醜いカサブタの跡を残す病として全世界の人々に恐れられました。

予防法もなく、治療法もなく、すべては運頼み、神頼み。
ウイルスによって発症するという知識はないものの、流行病(ハヤリヤマイ)という認識はありました。
誰がはやらせるのか、それは疱瘡神だ、というのが当時の認識でした。

疫病神(疱瘡神)をたたきだせば良いのですが、失敗すれば一層ひどい目にあいかねません。
それで、あがめ奉(タテマツ)ることにしました。
お賽銭を差出し、食物を供え、頭を垂れて熱心に祈れば鎮まってくれる、見逃してくれる、他所の村に移ってくれると信じていたことでしょう。
疱瘡神を手厚くもてなせば、人々を憐み、疱瘡を収束させ、健康の神となってくれるという希望でした。

岬町長者から国吉方面へ向かい、嘉谷トンネルを過ぎて右側の小高い丘の上にこの疱瘡神社があります。

立派な建物ですから、それだけ地域の被害が大きかったのだろうと想像できます。

 

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