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★薬草は毒草――クサノオウ

クサノオウ
    いすみ市内ではどこにでもある春の野草
 
春になると市内ではあちこちに菜の花が咲いて、心がなごみます。
遠くから見るとまるで 「イリタマゴ」 のようでおいしそうな景色に見えてくるのはきっと 心が卑しいからでしょう。

この時期に菜の花に似た結構悪質な毒草が生えているので要注意です。
黄色の花で4弁ですから、菜の花や近似の十字架植物によく似ています。
菜の花よりもオシベの数がずっと多くて少し大きいので、花の中央部が王冠のように豪華です。
だからといって、この花を手折って花瓶に挿して飾ろうなどと思ってはいけません。

茎や葉を引きちぎるとオレンジ色の汁が出てきます。
これがかぶれる原因です。
昔はこの汁を出来物やイボなどに擦り付けて治療に使う薬草だったそうです。

黄色い液にたんぱく質を溶かす化学物質が含まれているといいます。
したがって、(今時、そんな人はいないと思いますが)食べてしまうとひどい下痢を起こし(だから下剤にも使用されたようです)、量が多いと死に至ることもあるそうです。
触らぬ神に祟りなし――ということでしょう。

見分けるコツは葉です。
葉が菊の葉のような形をしているのですぐわかります。

クサノオウという名前の由来は諸説ありますが
クサというのはカサのことで、クサとかカサは皮膚にできるウミを含む出来物のことです。
オウとは黄のことでしょう。

近現代以前、最も恐れられた伝染病に天然痘がありました。
高熱を発し体中にウミが出る大豆大のブツブツができ、致死率20~50%。
治癒してもケロイド状の皮膚になったり、伊達政宗のように片目を失明したリ…。
そんな時代に毒を以て毒を制すと庶民の間で信仰された薬草だったのだと思います。

あまりに近代化して無機質になった現代では、逆に自然が愛され、自然に親しむ人が増えました。
けれども自然は人間にとって危険な場合があることは留意せねばなりません。


 
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★桜、花咲く

 さくら
     いすみ市岬公民館前にて

まだ3月だというのにアッという間に桜の花が咲いてしまい、何となく心の準備がまだできていません。
だってまだ遅咲きの梅は咲いているし、モクレンもコブシも花盛りです。
まだかまだかと待ちに待って咲くのが桜だったのに。

きちんと季節に従って順序良く咲いてもらいたいものだ、とブツブツ心の中でささやいていますが、こんな年もあるのでしょう。
入学式の校庭の花ではなく、卒業式の花になってしまいました。

   願わくば 花の下(もと)にて 春死なん その如月の望月の頃   西行法師

西行は72歳、命日は文治6年2月16日(1190年3月23 日)ですから、その願い通り、如月の満月の日に亡くなったといってよいでしょう。
旧暦では14,15,16日のいずれかが天文上の満月に相当します。

では桜が咲いていたかというと、今年の東京の満開宣言は3月24日。
2002年の満開日は3月21日でしたから、命日の23日に桜が満開であったとしても、まれではありますが、おかしくはありません。

満開になると早めに咲いた花は散り始め、やがて桜吹雪となります。
2018年の如月の満月は3月31日(土)ですから、満月の晩、各地で桜吹雪の下での夜桜見物になることでしょう。
なんとなく素敵ですね。

その当時(平安末期)、釈迦が入滅(死亡)したのは如月の15日、満月の晩であったと信じられていました。
おそらく西行は釈迦の命日と同じ日にと願ったのでしょう。

今日では新暦の2月15日、満月であろうとなかろうと、由緒あるお寺では「涅槃会 ねはんえ」が開かれます。
涅槃絵の掛け軸などをみると、満月が描かれていることが多い。
その仏事の際に、紙で作った大量の蓮の花びらがまかれることがあります。これを散華(さんげ)といいます。

お釈迦様は天竺(インド)の人ですから、涅槃絵に桜の花が描かれていることはありません
しかし、お釈迦さまが涅槃に入られたときに、時ならぬ沙羅の花が空からお釈迦さまに降りそそいだそうで、そのことから散華の行事が始まったとされています。
吹雪のように散る散華を西行も寺院で経験したはずですから、桜の花吹雪を散華と見立てたか、あるいは桜の花びらを伝説の沙羅の花びらに見立てかしたのでしょう。

願わくば――お釈迦様のようにして死にたいものだという西行法師の願いの歌です。
その願い通りにこの世を去ることができたまれな人物を思い出す季節です。


 
 

★友麹で大豆麹ができた

豆麹
    シャトルシェフ+ホッカイロで36時間

味噌用に購入した大豆が余ったので、豆麹を使った八丁味噌というか、大豆だけで作る赤味噌を作ってみようと思い立ち、ネットで豆麹を購入しました。
地元では米麹しか売っていませんので、麦麹や豆麹を購入するのに今はネットで便利になりました。

試しに作ってみるのだからと1kgしか買いませんでしたが、よくよく作り方を調べたら、豆麹と塩水だけで作るのだとかでびっくり。
麦麹で作る味噌も米麹で作る味噌も塩と蒸した大豆を加えて作りますから、豆麹の場合も同じだと早合点していました。

もちろん、そうしてもできるようですが、窮余の一策として蒸した大豆と購入した豆麹を混ぜて保温し、蒸し大豆にも糀菌を拡散しようと試しました。
このようにして麹を増やすことを友麹といいます。

それが画像で蒸し大豆にもびっしりと麹菌がついています。
麹菌がついた蒸し大豆1.3kg+豆麹1kgに塩水を混ぜ、すりつぶして保存容器に仕込みました。
熟成して仕上がるのには2年かかるということなので、2年後が楽しみです。


 

★この水鳥は何でしょうか

水鳥
        不定期にやってくる白い水鳥

図鑑を見比べてどうやら ユリカモメらしいと判断していますがさてどうでしょうか。
むかし多摩川の河原で見かけたユリカモメとはチョット違う気がしないでもありません。

ユリカモメは東京とはなじみが深い鳥です。
ひらがなで 「ゆりかもめ」 と書くとお台場をめぐる新橋・豊洲間の新交通システム路線のこととなります。

浅草にできたスカイツリーの直近の駅は「スカイツリー駅」ですが、旧駅名は「業平橋」でした。
近くにある「言問橋」からのスカイツリーがインスタ映えするそうです。
この近辺は在原業平の『伊勢物語』の舞台になっております。

業平が武蔵国と下総国の境を流れる隅田川を渡し船で渡るとき、京では見かけない鳥を見て船頭に問うと、「都鳥だ」教えられます。原文を読んでみましょう。(『古今和歌集』411番)
―――白き鳥の、嘴と脚と赤き、川のほとりにあそびけり。京には見えぬ鳥なりければ、みな人見知らず、渡守に、「これは何鳥ぞ」と問ひければ、「これなむ都鳥」と言ひけるを聞きてよめる

        【名にしおはば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと】 

このエピソードにちなみ、言問橋とか業平橋という地名があるわけです。
さて、業平が見たこの都鳥ですが、その特徴は「白き鳥の、嘴と脚と赤き、川のほとりにあそびけり」とありまして、この特徴に該当する水鳥は ユリカモメだというのが定説です。
そして「都の鳥」ということから東京都の鳥にユリカモメが指定されています。

ところが面倒なことに ミヤコドリという名の全く違う水鳥も存在します。
『伊勢物語』の都鳥は、ミヤコドリではなく、ユリカモメだと覚えるしかありません。

ユリカモメは冬の渡り鳥ですから、業平が都鳥に出会ったのは真夏ではないということもわかります。
大正堰に来ている冬の水鳥たちも、まもなくそれぞれの故郷に帰ることでしょう。


 
 

★春の山野草――シュンラン(春蘭)

春蘭2
      高さ20cm程度の茎と花だが、確かにランの花だ

いすみ市の春の山野を歩いて、山野草を見る機会はめっきり減りました。
山が荒れて密林化してしまい、繁殖力の強い植物に生育場所を奪われるか、
あるいは人家近くの場合、手入れが行き届き、草刈り機でたびたび刈られて絶滅してしまうからでしょう。

画像のシュンランもそんな山野草の一つで、春のほんの一時期にしかお目にかかれません。
シュンランは春蘭で、文字通り春に咲く蘭のこと。
シュンもランも音読みですから、中国渡来と思いきや、じつは日本原産だそうです。

昔の村人にはそんなしゃれた名前ではなく、ホクロ、ジジババなど身近な名前で呼ばれていました。
かつて春の山野にたくさん見つけられたからこそ、花を採集して、ゆでて酢の物にしたり、花の塩漬けを桜茶のようにしてお茶にしたそうです。
今や貴重な山野草ですから、そんな「贅沢」なことはできません。

※ ハードディスクがいかれてしまい、このノートパソコンが入院してしいました。
  しばらく使えませんでしたが、  使えないと全く不便です。
  退院後も各種設定のしなおしで大変です。
  なにごとも重症化しないうちに対処しなければいけませんね。反省。


 

★春の味を楽しむ--天ぷら

初物
   タケノコの天ぷら。フキノトウ。春シイタケ。

里山を整備する月一回活動のボランティアに参加しています。
最近は荒れた竹林も整備することになり、月2回となるとちょっと忙しい。
でも、思わぬ余禄もあります。
それが画像のタケノコ、フキノトウ、シイタケ。

竹林にはもうタケノコが育っています。
まだ顔を出す前の地中のタケノコをすり足で探っていくと見つけられますが、年季が必要。
収穫物はまだ大きくないけれど初物です。新鮮です。
これを「丸ごと焼きタケノコ」にしようかと思いました。
皮を数枚はいで焼きタケノコにし、バター醤油あるいは焼き味噌で食べるのが一番ワイルドで美味しいと思います。

しかし、里山で採れたフキノトウとシイタケを天ぷらにするついでにタケノコも天ぷらにしました。
皮を全部はいで裸にし、薄切りにして天ぷらにしました。
これが正解でした。
タケノコが甘いのです。甘味があっておいしいのです。初めての味です。

山菜はアクが強くても天ぷらにすると食べられるのと同様に、タケノコもアクがあっても天ぷらにすればOKだとは知っていました。
けれど初物を天ぷらにしたことはありませんでした。

したことがないことを実行するのは勇気がいりますね。結果が予想できないから。
あまり深く考えずに、適当にやってみてうまくいく場合もあります。
初物タケノコは天ぷらだ―――記憶に刻まれました。

ちなみに味付けは天つゆではなく塩。
ほんのちょっとの塩は味をひきたてます。


 

★味醂(みりん)を作る

味醂
  梅酒用のビンが良い。材料は焼酎ともち米と米麹だけ

最近は甘酒や塩麴の人気が出たためか、もう3月も半ばなのに地元の農産物直販店での米糀の販売がまだ続いています。500gで400円ぐらいでしたか。

米麹が気軽に手に入るならば味醂(ミリン)を作ってみることをお勧めします。
材料は焼酎と米麹ともち米だけ。簡単な作業で誰でもできます。
35度焼酎700cc 米麹500g もち米3合。「七五三」と覚えると覚えやすい。

ある人は「二四六」だと言います。
この場合、もち米2合、米麹400g、焼酎600g。
どちらも試してみましたが、どちらもちゃんとした味醂になりました。

米麹を使った甘酒を作る時、米麹100%でも良いし、もち米を2合、3合使っても甘酒になることを確認してきました。
つまり、麹の比率を厳密に考えないでもなんとかなる――と、私は思っています。

焼酎は本格的に玄米焼酎や鹿児島の芋焼酎で作ったこともあります。
最近は梅酒用のホワイトリカーです。余分な味香りがなく一番安いので。

味醂の作り方(仕込み)、
 1.もち米は炊飯器の「おこわ」で炊く。もしくは水分を少し減らしてやや硬めで炊く。
 2.炊けたら焼酎を投入してもち米と良く混ぜてビンに入れる。60℃以下にさます。
   (60℃以下にしないと麹の糖化酵素が働かなくなるらしい)
 3.よくほぐした米麹をビンに入れ、全体的に良く混ぜる。(画像)
 4.しっかりフタをして最低3か月放置。9月ごろ、中身をこして味醂粕と味醂とに分離。
  これで本醸造味醂のできあがり。

子どものころ、正月には家族そろって屠蘇散を入れた味醂を小中大の杯で飲んだものでした。
今はそんな風習もすたれてしまいましたが懐かしい思い出です。

今でも味醂風味の調味料ではなく、ちゃんとした味醂は酒類販売業者の許可を得た酒店やスーパーでしか購入できません。
しかし、その味醂には塩が加えられているので酒として飲むには適しません。
酒税がかかっているのに塩分を加えよ とはおかしな話ですが、家庭でつくる味醂にも塩分を2%以上加えないと密造酒扱いになるようです。
もっとも、摘発されたというニュースは聞いたことがありません。が、要注意です。

米麹を入手したついでに塩麴トマト麹を作ってみました。
    0312.jpg
塩麴は塩分重量比15%で、これは本当に役に立つ調味料です。
トマト麹は麹にトマトと塩分を加え、水分の代わりに庭のユズ果汁を加えたものです。
これはサラダドレッシング代わりにと思っています。


啓蟄(けいちつ)啓戸(けいと)3/5~3/9

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       岬町にて  上:白梅  下:河津桜

ふつうは「啓蟄」ですませますが、4文字熟語風にいえば「啓蟄啓戸」で「すごもりむしとをひらく」と読みます。
3月5日から9日までの5日間で、1年365日をおよそ5日ずつ、72の季節に分けて季節の移ろいを示す「七十二候」という単語です。

ようやく確実に春だと実感します。
いすみ市では七十二候の文字通り、カエルが鳴きだしました。
田んぼにはアカガエルの卵嚢(ランノウ)がたくさんあります。
でもまた寒くなると、カエルはまた地中にもぐってひと眠りするそうです。

昨年はウグイスの初音もあったのですが、今年はまだ。
それでも山から里へ降り始め、「ジッ ジッ」という地鳴きは聞こえました。
もうすぐ優雅なホーホケキョウの合唱が聞こえてくるでしょう。

世の中にはあちこちに梅の名所や河津桜の名所があります。
宮勤めの頃は発作的に各地に出かけて春を楽しんだものです。
いすみ市に来てからはめっきりと外出が減りました。
名所というほどの広大な面積を誇らないまでも、道を歩けばスイセンが咲き、梅がほころび、河津桜がさいているのですから。
自然が豊かな土地柄です。

さて、3月10日からの5日間は 「桃始咲」-ももはじめてさく。
15日からの5日間は 「菜虫化蝶」-なむしちょうとなる。

旧暦カレンダーを見ていると、それが単なる数字の羅列ではなく、いつの間にかもうそういう季節かと驚かされ、また期待も生まれます。
春分まで、寒さはもう少しの辛抱です。