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★紅葉の養老渓谷へ

小沢又の滝
    幻の滝と自称する、小沢又の滝

なかなか立派な滝で、7~8mの高さから落ち、水量もある。滝壺はエメラルドグリーン。
惜しむらくは、周囲にもう少し紅葉が欲しいけれど、養老渓谷じゃ無理は言えません。

養老渓谷は関東地方で一番遅く紅葉する地域で、11月下旬~12月上旬が見頃です。
もともと房総半島は常緑広葉樹が多く、落葉広葉樹は少ない。
山岳地帯や京都・鎌倉の紅葉の名所とは比べものにはなりませんが、養老渓谷の紅葉は房総半島では珍しいのです。

昨日(11/29)は天気が良かったせいか、多くのお客が来ていました。
中国語が飛び交っています。養老渓谷でもマイナーな名所である小沢又の滝をどうやって知ったのでしょうか。
しっかり赤く染まったモミジもあり、中国からのお客さんたちは笑顔で写真を撮っていました。

場所は老川十字路から東へ2.1km、水月寺の近く。粟又の滝の手前800mです。
東京のある夫婦がこの滝のある景色に感激し、周囲の土地を買い取り、観光客のために木道や階段、観望台などを独力で整備してきたそうです。

つまり私有地。滝への順路に従って茶店前を通過する時に、年配の女性から環境整備のため200円を請求されました。
前を歩いていた男性は、滝を見るのに200円とは驚いたと不満気な雰囲気。
後を歩いていた若い女性は200円も払ったのだから、しっかり見なくちゃと友人たちと大騒ぎ。

滝壺方面に下る木道は湿気でツルツル滑りやすい。単管パイプの手すりを頼りにゆっくりと降ります。
ハイキングの足ごしらえをしていない観光客は途中でギブアップ。
だとすると、滝の一寸見で200円は高い気もするけれど、これだけの施設を自力で作り、行政からの支援を受けていないならば、やむえない気もします。
見る価値のある滝でした。



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★サザンカとツバキの話

サザンカツバキ
   左:サザンカ   右:ツバキ

岬町はサザンカの花盛り。
12月になればツバキの花が見事に咲きそろうでしょう。

サザンカを漢字(中国語)で書くと山茶花。これでサザンカと読むのは不可能。
じつは山茶花とは日本でいうツバキ。
ではツバキはというと 茶花。
茶は中国に古代からありましたが、ツバキやサザンカは日本からの輸入品。
ツバキもサザンカも茶の木の仲間ですから、中国人はそう表記したのでしょう。
万葉集の時代では、海石榴、都婆吉などと書いてツバキと読みました。

つまりツバキを椿とは中国人は書かないようです。
中国には「大椿」という想像上の樹木があります。
8000年を春とし、8000年を秋として、人間の3万2000年がその1年にあたる。

冬になっても落葉しないで赤い花を咲かせるツバキ正月を迎えるにはおめでたい花で、木偏に春と書いてツバキとしたという説と大椿の大は大げさすぎるので大を省いたという説があります。

ツバキの学名は カメリア ジャポニカ。Camellia Japonika
サザンカは、カメリア サザンカ。   Camellia sasanqua
そう、どちらも日本原産。

カメリアでツバキ属、ツバキの仲間という意味になります。
幕末、フィリピンにいた宣教師カメルさんが、種を欧州に持ち込んだので、カメルさんにちなんでカメリアと名付けられました。

長崎出島にいたスウェーデン人の医師ツンベルクが帰国に際して4本のツバキを欧州に持ち込み、英国、フランス、ドイツの王家に献上されました。
そのうちの1本が現在でも健在で、樹齢280年と言われています。

ベルリンの南、180km、当時のザクセン王フリードリヒ・アウグスト1世の所有のピルニッツ宮殿にあり、世界遺産の旅かなんかのTV番組で見たことがあります。
立派な大樹で、あたり一面、ツバキの落花でおおわれていました。

日本から来たツバキは当時の欧州で大人気となり、東洋の神秘の花、日本のバラとしてあこがれの対象であったようです。
デュマの小説「椿姫」が生まれ、オペラやバレーでも「椿姫」は大ヒットすることになります。

日本の北斎や広重がヨーロッパ絵画に大きな影響を与えたように、日本からの輸入品、漆器や工芸品も大変な人気で、ジャポニズムという日本趣味、日本ブームが起きます。

ツバキもそんなブームの興隆に一役買ったのだと思うと、ツバキさん、あんたは偉いね と声をかけてやりたくなります。

なお、ツバキとサザンカを見分ける一番の簡易な方法は葉の違いです。
ツバキは丸まっており、サザンカは二つ折になるような感じです。


 
 

★井上ひさし『一分の一』(2011年刊行)

一分の一
    市の図書館で借りた文庫本

風邪で寝転んでいるうちに何冊本を読んだでしょうか。
読みだすと止まらなくなってしまいます。
この本は井上やすしの絶筆というか、未完の大作。
荒唐無稽のドタバタ劇の中に氏の願いが込められているように思います。

吉里吉里国の独立同様に、農業立国、医学立国、静かで謙虚、真に知恵のある日本の国が理想――宮沢賢治が描いた世界でしょうか。

時は1986年の日本。戦後、日本は米、英、中、ソに分割統治され、戦後40年もたつとそれぞれ米英中ソ風に風俗習慣が染めれれています。
主人公はソ連統治下の北ニッポンのさえない地理学者、遠藤三郎。地元ではロシア風にサブーシャと呼ばれます。

ひょんなことで日本統一・独立運動に巻き込まれ、上を下への大騒ぎ。逃走大活劇。
やがて国家反逆罪で逮捕、裁判にかけられますが、そのままでは終わらない…というところで絶筆。
理想の国、日本のあり方は読者にゆだねられました。

『一分の一』とは実物大ということで、等身大のニッポン、虚飾を排した本当の日本人とは?という意味だと思います。

井上氏の名前を知ったのは、ひょっこりひょうたん島のシナリオライターであったことからですから、もうずっと昔です。
TVを見ながら、アスパラガスとかチーズとか、どんな食べ物だろうと思ったものです。

『国語元年』や『父と暮らせば』など井上氏の作品はお笑い満載で、それでいて考えさせれれます。
『9条の会』の呼びかけ人でもありました。
ご冥福をいのります。

 

★ルンペンストーブ

ルンペンストーブ
   草刈り機のエンジン油缶で作ってみた

ストーブとは暖房機という意味ではありません。
火を焚く器具というような意味で、この場合は簡易調理器とでもいいましょうか、山野で一人二人分のコーヒーを飲みたい時などに使用する器具です。

何十年も前にテントを持って山野をふらついていた時に持参していました。
カマドを作るほどではないけれど、ちょっと温かい飲み物が欲しい時に枯れ枝や柴を使って簡単に効率的に湯を沸かせます。
現代ではガスボンベを持参して湯を沸かすことが一般化し、尾瀬など枯れ木や柴がない場所ではボンベの方が恰好が良いし、手軽なのでルンペンストーブを見かけることはありません。

今回は里山でギンナンを炒るために作ったものです。
ふるさとまつりで売れ残ったギンナンを山作業に精を出す仲間に、炒りたてのギンナンで提供しようと思ったわけです。

自宅で試した時はうまくいったのに、当日は雨の翌日でしたから思ったように燃えません。
見かねた仲間が電ドルで穴を増やし、ウチワであおいで何とか焚きつけました。
わたしの「理論」では開口部を細くすると、そこから流入する空気の速度が速くなって燃える効果が高まる――でした。
また紙は燃え尽きると空気の流れをせき止める灰の壁になるのでなるべく少量とする――でした。

だからちょっと不満でしたが、せっかく仲間が一生懸命努力し、結果として火がついたのですから文句はありません。
何事も理論と実際とは異なるものですし、現場の状況はいつでも千差万別。臨機応変が大切だと思い直しました。

ちなみに、昔、使用していたのは2ℓ缶。今回は4ℓ缶でちょっと使い勝手が違う。
穴をあける場所は、底面と側面4面の下部と、上面の五徳に対応するいくつかの穴。
ところが、いくつ穴を開けたら良いのか、昔の経験が想い出せません。
それで適当数の穴を開けたのですが、不適当な数だったのかもしれません。

ルンペンとは貧乏人、乞食という意味で、ルンペンストーブは乞食の調理器具の意味です。
昔、学生だった頃、ルンペンプロレタリアートという単語を覚えたことがあります。
最下層の労働者という意味で、組織労働者と比べると自分勝手で目先の利害に流れやすいと説明されました。
現代ではルンペンの単語は死語ですが、自己の目先の利益を最優先する人々がいることは常の世のことでありましょう。
自己犠牲は美しいが何かアヤシイ。かといって利己主義はミニクイ。
どう生きるか、なかなか難しいことです。

そんな話はどうでも良く、ルンペンストーブは放置・廃棄された自然素材を燃料としていますからエコで、相当量の熱量も得られますから調理器具として優秀です。
高価なガスボンベ燃料を買うなどという現代的な便利だか不便だか分からないシステムよりずっと原始的で使い勝手が良い。
電気もガスもないという非常事態の災害時に役立つ一品かもしれません。
なお、使用時は下の端にレンガなどを敷いて、底面からの空気の流入を確保します。


 

★今年は柚子(ユズ)が豊作で

ゆず
      柚子と言っても小型なので、これは「花ユズ」らしい。

昨晩はすごい雨で、夜中に目を覚ましました。
雨雲レーダーによると、時折、50mm/hを越す雨が降ったようですが、警戒警報どまりでした。
今年は雨続きです。

ユズが今年はダメだったという知人が多い中で、何有荘のユズはどういうわけか豊作です。
もっともろくに手入れしていませんから、葉やトゲにこすれて見栄えはあまりよくありません。

ユズは薬味として利用すると、これぞ日本の味という優れものですから、これだけあれば当分はユズに不自由しないでしょう。
見栄えの良いをむいて千切りにして、密閉して冷凍保存します。

ユズの果汁はお酢代わりになりますから、搾り取り、ほんの気持ち塩を加えて冷蔵保存です。

ユズのは捨てないでください。
ユズのヌルヌルの種を適当な瓶に入れて、焼酎(35°)で満たして1週間もすればユズローションができます。
いつも適当量で作っていますが、計量したい人は種の重さの10倍量の焼酎で良いと思います。
もちろん、種がもっと多くてもかまいません。
種は引き上げる人が多いようですが、何有荘では1年間、そのままです。

冬になると空気が乾燥し、TVでは乾燥肌対策、かゆみ止めのCMが増えてきました。
わたしも乾燥肌なので、ついうっかり掻いてしまうと、ますます痒くなります。
そんな時、このユズローションは抜群の働きを示します。
何も高価な薬を買う必要はありません。

痒い時や風呂上りにたっぷり使います。
塗る時にほんのちょっとグリセリンを使うと良いでしょう。

何有荘の手作り三大ローションはユズローション、ドクダミローション、ヘビイチゴローション。
ドクダミローションは美肌効果があり、ヘビイチゴローションは虫刺されに効果てきめんです。

さて残ったのは、黄色い皮をむいた後の白い綿、見栄えの悪すぎる皮、そして袋。
これらは大型の麦茶用小袋に入れてユズ湯です。
なにもユズ湯は冬至まで待つ必要はありません。いいユズ湯になります。
丸ごと使い切ってこそ、ユズも本望でしょう。

さて風呂に入れた袋の中身の処理はというと、生ごみ堆肥です。
家庭ごみのかなりの部分は食品ロスや生ごみ。
その7~80%は水分ということですから、行政は生ごみなど税金で集めて水分を飛ばして焼却しているわけです。
各家庭で生ごみをたい肥化すれば、税金を減らすことができるかもしれません。
生ごみが堆肥になれば、肥料をホームセンターに買いに行かないでも済みます。
けっこう有効な肥料効果がありますよ。



★手作りみりん開封

みりん開封

2月に仕込んだ味醂(ミリン)を今日、開封しました。
仕込んで半年寝かせれば出来上がりですが、じっくり寝かせておきました。

一度、本格的なみりんの味を覚えてしまうと、やっぱり手作りの方がおいしなぁと思います。
材料の配分を変えて味の調整ができるのも手作りの魅力です。
でも最近は毎年以下の配分で作っていますので、いわば「手前みりん」の味と言えるでしょう。
  焼酎35°700cc  米麹500g  もち米3合――材料はこれだけです。

焼酎は本格的な乙類よりも、色・味にクセのないホワイトリカーを使っています。安いし。
米麹は味噌仕込みに使う麹と同じ。最近はいつでも麹がスーパーに並ぶようになりました。
もち米は地元産の「満月」。うるち米よりももち米の方が甘くなる。

もち米を「おこわ」で炊いて50°~60°に冷まします。
出来立てに焼酎を混ぜて急速に60°にしてもかまいません。
焼酎の殺菌力で麹菌はオダブツですが、麹菌に含まれる酵素も60°以上だと破壊されてしまいます。
この酵素の働きで寝かせている間に、もち米のでんぷん質が糖化されて甘味が生まれます。
その他、みりんが持つ様々な成分、栄養素も酵素の働きだそうです。

本日の作業は、ビンの中の味醂と味醂粕を分離して保存すること。
画像右のように花鉢置きを使い、目の細かいザルの上に濾し布を置き、その上から目の粗いザルを載せ、そこへオタマですくって少しずつビンからザルへおよそ半量を移します。

目の粗いザルから大かた液が落下したら取り外し、セットになったボールの上に移し、
新たなザルをセットして、またビンからザルへ中身の半量を移します。

一度にドバっと濾すよりも少しずつの方が、結局は早く済むとは経験です。
先にセットしたボールにも、まだ後から流下した液(ミリン)が貯まっています。
これもみりん本体に合流させます。

昨年は、味醂粕に圧力をかけ、味醂を搾り取ったのですが、味醂粕の使い勝手が悪くなりました。
だから今年は圧力をかけず、自然流下で一晩過ごすことにしました。
適度なみりんを含んだ味醂粕は冷蔵庫保管です。
みりんは室温保管でいいのですが、冷蔵庫保管の方が安心でしょう。

世界遺産・日本料理の秘訣は味醂の使い方次第。
煮物には必須ですが、そばつゆにもその使い方が味を左右するとは漫画「そばもん」(山本おさむ)からの受け売り。

今年も上出来のみりんが仕上がって万々歳です。(自画自賛の典型)



★季節の花――イソギク(磯菊)

イソギク

昨日は11月7日。立冬。
この日から2月4日の立春までの3か月間が暦の上では冬となります。
今年は秋らしいすっきり晴れた秋空がなく、いつの間にかもう冬になってしまいました。

冬とはいえ昨日は暖かくて20℃越え。海岸のイソギクは満開でミツバチが集まっていました。
今日は朝から雨。肌寒く、季節の移り変わりを感じます。

いすみ市の海岸では、散歩の途中でところどころ、小型の黄色い花を咲かせているイソギクに出会います。
塊(カタマリ)になった花をよく見ると、筒状の花の集合体で花びらがありません。
海岸地帯ですから風が強く、花びらは退化してしまったのでしょうか。

葉はキク科に特有の形をしています。裏を返すと細毛がびっしりと着き、厚みがあります。
この厚みで冬の海岸の強風と寒さを防いでいるのでしょう。
その細毛が表側にはみ出て、葉の周囲を白く縁どっているように見えるのもイソギクの特徴です。

イソギクは磯に咲く菊だからイソギク。
なんとも単純な名前ですが、磯なら日本中どこでも咲くというわけではなく、学者先生の言うことには千葉県銚子から静岡県にかけての海岸に自生するというローカルな品種らしい。

花のさびしい冬にかけて豪華に咲くので、園芸品種も売り出されているようで、庭植えや鉢植えで育てている家も見かけます。

何有荘でも一部を掘り起こして庭に咲かせようかと思ったこともありますが、なんとなく花泥棒のような気がします。
何よりもその株を掘り起こしたら、そこからその株は消えてしまいます。
散歩の途中の楽しみが減るじゃないですか。
野草はそこに咲いているからこそ、値千金なのだと思います。


 

★季節の花――お茶の花

お茶の花
   豪華なメシベに対し、白い花弁はあまりはっきりしない

キンモクセイの花が終わるころ、近辺ではお茶の白い花を見かけるようになります。
農家では昔、茶の木を生垣にして利用していたようで、そんな生垣に咲いていますが、直径が3cm前後で小さく、しかもうつむき加減に咲くので目立ちません。

それが茶の木だと発見し、八十八夜の新茶積み頃、その農家さんを訪ねて新茶葉を摘んでよいかと、図図しくお願いに行ったことがあります。
快諾され、熱心に摘んで、手もみ茶作成にチャレンジしたことがありますが、それは大変な作業でした。
お茶の単価が高いのも納得です

お茶の木はネットで調べると学名がCamellia sinensis。中国のツバキ。ツバキ科ツバキ属の常緑樹であり、その葉も花も同族であるサザンカやツバキに似ています。
サザンカよりも一足早く咲き、茶の花が咲くと冬が近くなったと実感します。

ところで茶は英語で tea ティーですが、英語初心者らしく無理やり読むと テイアと読めなくもありません。これはおそらく、茶 チャをヨーロッパ人がそう聞こえてそう綴ったものが、各国語の発音でそう変化したものでしょう。

中国茶は南部の厦門(アモイ)から出荷された茶がテーに近い発音で、北部北京近くの発音がチャに近い発音だったといいます。
それで世界各地の茶の綴りと発音は大まかに別けて、te系統と cha系統に分けることができます。
韓国、日本はcha系統で、インドのチャイもこの系統でしょう。
フランス語はラテン語系統ですから thé でテ。te系統だといえます。
いずれにせよ、茶が語源。なまって世界各地に広がった単語です。

最も当時のことですから、船便で熱帯地帯を通り抜けてヨーロッパにたどり着いた茶葉はすでに発酵してしまい、もったいないから、そのまま売り出したら「紅茶」としてたいそうな人気商品になったとウソだかホントだかわからない話が伝わっています。
それで欧米各国では茶と言えば紅茶のことで、日本茶はわざわざグリ-ンティー、緑茶としなければならないようです。

日本に茶が伝わったのは平安時代末期、禅僧の眠気覚ましや、薬草として伝えられました。
中国で喫茶の風習が始まったのはかなり古く、三国志のヒーロー劉備玄徳がまだ無名で貧しかった頃、年老いた母のために恐ろしく高価な茶というものを飲ませてあげたいと願ったことが記述されています。

そんな由緒ある茶の木が日本では一般農家の生垣にまで普及し、やがて誰もそれがお茶の木だと分からなくなるまで放置されているのは残念なことです。
八十八夜の新葉の頃、もう少し簡単な葉の利用法を考えてみたいと思っています。


 

★奇妙なキノコ――スッポンダケ

スッポン2スッポン1
  土から出てくる 饅頭みたいな形の中央を破って 茎が伸びる そして倒れる

キノコは腐朽した木から育つと思うのは誤解で、いくつかの種類は土の上に出てきます。
そんなこと、こちらに移住するまでは知りませんでした。

腐植物が多い湿った地面に生じる場合が多い。
画像のスッポンダケもそうです。
竹林の中の雑木を切り倒し、薪として積み上げた周囲に無数に出ていました。

幼形はまるでお饅頭みたいな円形(球形)で直径5~6cm。
採集すると、しっとりと重みがあります。中にゼリー状の物質が詰まっています。
その中に子実体と呼ばれるキノコの本体が潜んでいます。

やがて饅頭の頂点を破ってキノコの本体が姿を現します。
その姿はアミガサタケに似ていますが季節が違います。
キノコの女王と呼ばれるキヌガサタケのレースをはずした状態にも似ています。

しかし、両者と比べると食用とはいえ、美味しくないと言います。
刻んでスープに入れるようですが、手元の図鑑では、食用に適さないとありました。
ザンネン!

このキノコが一部の人々にもてはやされるのは、その姿と異臭にあります。
頭頂部の茶色の部分はネチョネチョで、人糞のごときアンモニア臭がします。
そこにハチやアブが集まり、そこにある胞子を遠くに運んでもらう戦略です。
食べる気になりませんよね。

その姿の特徴はヨレた饅頭型の袋から本体が突き出る形です。
これが男性性器を連想させ、本体が元気をなくして途中で倒れるのもそれらしい。
スッポンタケの学名は「Phallus impudicus」、 訳すと「恥知らずな男根」だとか。
和名はもう少し上品で、スッポンダケ。
ただし、スッポンが意味しているのは同じようなものです。
男性の先端は「亀頭」ですから、東西同じような発想の命名のようです。

世の中には人間様とは無関係に、奇妙な生き物が存在しているもんだ思います。
できるだけ彼らの生活を邪魔しないように暮らしたいものです。



★干し柿、うまくできました。

干し柿

さほど若い柿ではなかったので10日ほどで完成しました。
台風の時は室内に取り込み、扇風機の風を当て、陽が出れば室外で干しました。
外側が白く乾燥して来たら、2回ほど柔らかく揉んで品質の向上をはかりました。

しっとりした「アンポ柿」状態で収穫し、試し食い。
自分で作れば何でもおいしいものですが、こりゃオイシイと感激、自画自賛。

柿はタダで入手しましたから、この立派な干し柿だってもちろんタダ。
だから田舎暮らしはやめられない。
地元ではいたずらに柿が地面に落下しています。
持ち主にちょっと声をかける勇気があれば、柿がゲットできるでしょう。
上手くできたら、持ち主さんにいくつか持参してお礼をします。
ありがとうございました。

さて、今週食べる分はラップして冷蔵庫保管。
それ以上はラップしてジップロックに入れ冷凍保存にしました。

ここ数日、快晴が続いています。
冬になると空気が澄み、夕方になると153kmほど離れた富士山の頂上が見える時があります。
夕日に赤くなった西空にシルエットになった姿を見ると、あぁ今日も良い一日だった、と心が優しくなります。
           富士山