★大原はだかまつり、海の幸――日月と宝珠

欄間と北斎
行元寺 波の伊八欄間彫刻 波に宝珠と葛飾北斎 神奈川沖浪裏画像元→●)

幕末、黒船によって開国した日本から大量の浮世絵や工芸品がヨーロッパに輸出されるようになると、現地ではジャポニズムといって日本風文化が大流行します。ゴッホ、セザンヌ、ピカソなども日本文化の影響を受けました。

北斎の『神奈川沖浪裏』は欧米では『Big Wave』の名で良く知られています。
この絵に影響を受けた作曲家ドビュッシーの最高傑作が交響詩『海』で、楽譜ジャケットにはこの絵の大波がそのまま描かれています。
わたしは何度そのCDを聴いてもその良さがわからないのですが…。

その北斎の絵の構図が行元寺の欄間彫刻に似ていると報道されたのはもう十数年前のことで、今ではもう、ほぼ定説化しています。
左右の波を強調し、中央の宝珠をはるかかなたの富士山に置き換えれば確かにそのようにも見えます。

2020年にサーフィンが採択され、外房では会場を誘致しようと張り切っています。
外房の波はこの近辺ではドカリの波と呼ばれ、大波が来るのでサーファーが数多く移住している地域です。
波の伊八と称される彫師、武志伊八郎はこのドカリの海に馬で乗り入れて波の動き、その詳細な姿を観察し続けたと言われます。

伊八は波間に宝珠を描くことで海の幸を象徴しました。
実際、江戸中期以後、いすみ市海岸は地引網漁で莫大な財を築きます。その財をもって行元寺や飯綱寺などの寺院は荘厳に装飾されました。

しかし、わたしは最近、伊八は海の幸などというありきたりの理由で波間に宝珠を掘り込んだのだろうかと疑問に思うようになりました。
そして伊八は実際に波間の宝珠を見たのだ、と確信するようになっています。
それが大原のはだかまつりです。
おそらく伊八もはだかまつりを見たことでしょう。

大原はだかまつりの画像(画像元)を見れば、荒波の海岸に神輿が繰り出しています。
     はだかまつり
神輿のてっぺんには金銀の擬宝珠(ギボシ)が置かれ、ひもでくくられています。
擬宝珠は文字通り、宝珠に似た形をしています。
これを見た伊八は波間に宝珠のデザインのヒントを得たのだと思うようになりました。

はだかまつりの参加十八社は町内を巡る時の神輿のてっぺんは鳳凰です。(ニワトリじゃありませんよ)
しかし汐踏みと呼ばれる渚での行事の時は擬宝珠に付け替えます。
神輿の擬宝珠が担ぎ手によって激しく揺れ、背景に波が押し寄せる――これが『波に宝珠』の原型だと思えます。

そしてもう一つのヒントが大原の神輿にはあります。
それが神輿の屋根に飾られた日月紋章。
日月は海の干満を支配し、海の恵みの根源です。

大原十八社のうち、神輿に日月紋をつける神社は12社。
釈迦谷神輿瀧口神輿
      左:釈迦谷の神輿  右:瀧口神社の神輿  (参考画像→●)

荒海の東の空から昇る太陽、昇る月が『波に宝珠』のデザインに重なります。
欄間の宝珠がやや大きすぎると感じるのは私だけではないでしょう。
これが昇る日月を暗示しているならば納得がいきます。
彫刻の宝珠の上に何やら霊気が漂っています。それは燭光のアレンジでしょう。
水平線から昇る朝日という伝統的な構図を、荒波と宝珠に置き換えた点が伊八の独創性だ、と思います。

こうして考えると、伊八→北斎→ジャポニズム→ドビュッシーの流れの大元にあったのが大原のはだかまつりだったという結論になります。

今日は朝から大雨で一部地域では避難指示まで出されました。
レインラインが通り抜け、まだ曇っていますが、明日の各神輿そろっての汐ふみは可能でしょう。


 
 
スポンサーサイト

★深堀・瀧口神社(2)

瀧口神社
 昨年、新装なった社殿はまだ木の香も新しい。この地方特有の妻入り型神社。

瀧口神社のご祭神は豊玉彦命(トヨタマヒコノミコト)だそうです。
トヨタマヒコは海の神様である綿津見(ワタツミ)の神様の別名です。

ワタツミは海そのものの神格化であり、ワタ、ワダは古代日本語で海。
ワタノハラとは百人一首を知っている人は、海原のことだとすぐ理解できます。
ツは~の、ミは霊ですから、ワタツミで海の霊の意味になります。
御宿の岩和田という地名は、岩だらけの海の意味であり。実際、その通りです。

ワタツミは原始的な神様で、古代の船乗り、海洋交易部族の信仰が篤く、北九州、壱岐、対馬などでその神社が多い。

一方、海の神をトヨタマヒコとするとニュアンスが少し異なり、言葉を話す人格神となります。
ワタツミよりも洗練された感じがあり、海の幸、海の恵みをつかさどる海洋漁労民族の神という印象がにじみ出てきます。

瀧口神社の創建は嘉祥(カショウ)3年と言いますから、西暦では850年。平安時代からの由緒ある神社です。
住民は海の恵みに感謝し、豊玉彦命を祭ったものでしょう。

海王は海のかなた、もしくは海底にある壮大な御殿(竜宮城)の主で、海洋のすべてをつかさどる。
天皇家の系譜を語ることが主目的の古事記、日本書記神話ではストーリー展開の都合上、豊玉姫は豊玉彦の娘という位置づけになっています。
その豊玉姫の妹が玉依姫(タマヨリヒメ)で玉前(タマサキ)神社のご祭神です。

東海地区でいえば、北日在(キタビアリ)の玉前神社が玉依姫を祭っています。
創建は鎌倉時代の1223年。
北日在の漁民たちが若き玉依姫を海の幸をもたらす豊穣の女神として信仰したのでしょう。

玉前神社と言えば隣町、一宮町に鎮座する上総国一宮である玉前神社が思い浮かびます。
その祭礼を上総十二社祭りといい、一宮町のほか睦沢町、茂原市、いすみ市の玉前神社関連の神社がこぞって参加します。

ところが深堀の瀧口神社や北日在の玉前神社はこれに参加しません。
これは同じ海の神様を祭っていても行政区が違うから赤の他人、ヨソのお祭りだからです。
上総十二社祭りに参加する地域は、平安時代の荘園、一宮荘であった地域だと思われます。
旧一宮荘の地域あげての祭りが今日まで伝統として続いています。

一宮は長柄郡(現長生郡)であり、大原は夷隅郡(現いすみ市)。
同じ神様を信仰していても、氏子どうし親しくなる条件がまったくありません。

岬町の椎木・中原・和泉が夷隅郡に付け替えられたのは明治になってからで、江戸時代までは長柄郡に所属していました。
おそらく平安時代の夷隅川は今よりずっと北を流れ、夷隅川を境界とし、その北は長柄郡、南が夷隅郡と定められていたのでしょう。
それで夷隅川の北のこの地域の住民は今日でも一宮のお祭りの構成員になっています。

一方、東海地区の六社は団結し、大原はだかまつり十八社の一画を占めています。
東海地区六社は、深堀の瀧口神社、北日在の玉前神社のほかに、
   新田の『日月神社』創建1249年、
   若山の『熊野神社』。
   釈迦谷(シャカヤツ)の『天御中主神社』、この神社が一番古くて創建は天平十三年(741)。
   南日在の『大山神社』。ご祭神はもちろん山の神、オオヤマツミ。

この六地区の仲が良いのは明治の市町村合併で、六つの村が一つの東海村になったことでも示されています。(その後、大原町と合併)
この六カ村は塩田川の支流である新田川の流域に属し、ずっと昔から治山治水で協力関係にあり、新田川を流通経路として経済的にも相互依存関係にあったと思われます。

祭りが地域共同体の行事である以上、その祭神が誰であるかは問わないのが普通です。
担いでいる神輿の神様が誰なのか、知らない人の方がほとんどです。
オラホの神様、オラホの神社で相互にじゅうぶん話が通じますから。

なお、深堀、新田、若谷の三地区は江戸時代中期まで一つの内野郷(村)でした。
当時の領主の阿部氏が遺産相続の関係で内野村を三分割し、深堀、新田、若山としました。
そのなかでも深堀の瀧口神社が筆頭の位置を占め、神様にも身分差別があるんですねぇ。正一位という神様の最高位を与えられ、「郷社」の栄誉を受けていました。

地方のあまり有名ではない神社としては破格の扱いです。
その理由は?――実はよくわかりません。ともかく格が高い神社です。


 
 

★手作り味醂のフタ開け

味醂をこす
    こんな具合でこしています

毎年、味醂(ミリン)を作っています。
仕込む時期は米麹が入手しやすい2月。
3か月ほどたてばOKなのですが、長期熟成させ、今の時期にフタを開けて濾(コ)すことが多い。

大変立派な濃い味醂になり、自慢の味醂です。
手作りだと素材は焼酎、麹、もち米だけで、添加物の心配をしないで済みます。
市販の「本みりん」は本みりんと称しても糖類などの添加物がある場合があります。

本物の味醂は酒屋さん、もしくは酒の販売を認められている店でしか売っていないのはご存知ですか。
どうやら酒税法の対象らしい。
だから、自家製味醂は密造酒の扱いになり、税務署から摘発される恐れがあるという話ですが、税務署員が乗り込んで来て摘発されたという話は聞いたことがありません。

そもそも焼酎を購入した段階で税金は払っているわけだし、自家製味醂を売り出して利潤をあげるわけでもないのに課税とはおかしな話です。
どうやら戦時中に、戦費を賄うために庶民から税金を巻き上げようとして始まった戦時立法が、今でも続いているのだと誰かが言っていました。

できあがった味醂を味醂ではないと言い張る方法は塩を加えて、お酒としては飲めない液体にすることです。
そうすれば税務署に気兼ねすることはありません。

そんなことはどうでも良く、
味醂を考案した人は偉いと思います。
江戸の醤油は辛口でさらりとしています。関西や九州方面の醤油とはだいぶ違います。
江戸醤油に味醂を加えると、料理の素材にまとわりつき、テリやツヤを与えるのみならず上品な甘みが加わります。魚の生臭を消し、煮崩れを防ぐ効果もあります。

それは「醤油+砂糖」では得られない効果です。
欠点と言うか、難点はアルコール分がかなり高く、ワイン程度はあります。
塩なし味醂は甘口お酒と言っても過言ではありません。(だから酒税対象)

ちなみに何有荘の味醂は 35度焼酎:米麹:もち米=7:5:3です。
味醂を濾した残りかすが、味醂粕。

カスと言えども、なかなかどうして、栄養たっぷりのすぐれ物です。
味醂粕に含まれるレジスタントプロテインという成分がコレステロールを下げ、肥満防止、また腸内環境を良くするなどの効果があると言います。

使い道はアイデア次第。
一番の使い道は粕漬けでしょうね。
今年は少々の西京味噌と合わせてタレを作り、お魚に塗って冷蔵庫で1日保管。
おいしい粕漬けができました。野菜と合わせるのも一興です。

先日は「豚コマ+キノコ」鍋の味付けに味噌と共に利用しました。これもオイシイ。
だから味噌汁に少々加えるのも良いだろうなと思います。

 
 

★台風9号の素敵な置き土産

フジュザクラ
     たぶんフジザクラ

台風の暴風が吹き荒れ、樹木の葉が残らず吹き飛ばされてしまうと、秋の彼岸前なのにもう一度花が咲く場合があります。
特に海岸に近いと暴風に潮風がまじり、塩分で草木が枯れることもしばしばです。
葉が落ちたから冬と勘違いしたものか、温かくなったから花咲かせようとするらしい。

これを季節外れの狂い咲きと言いますが、露骨すぎます。
返り咲き、二度咲き という日本語があり、俳句では花に注目して、帰り花、忘れ花と言います。
できれば、美しい日本語を覚え、使いたいものです。

画像はいつも車で通る道に咲いていた小型の桜です。
たぶんマメザクラ、コメザクラともいわれるフジザクラだと思いますが、桜の品種は多種多様。間違っているかもしれません。

普通は晩秋から冬にかけて暖かい日が続くと、これを小春日和(コハルビヨリ) と言い、小春日和の頃に咲く花が帰り花ですが、台風後の季節外れの花も同じ表現でも良いと思います。

Indian summer インディアンサマー といういい方も味があって好きな単語です。
これは小春日和と訳すようです。

もちろん今の季節は小春日和ではなく、台風16号の影響で秋雨前線が刺激され、連日の雨模様、曇りが続いていますが、葉が落ちてしまったからね。二度咲きするのも自然の摂理なのでしょう。
春でもないのに、桜の花が咲くと、それだけでパッと周囲が明るくなった感じがします。



 
 

★秋だ。梨だ。コンポート。

梨コンポート
       薄味の梨コンポート

購入した梨といただいた梨とがあり、二人ではとても食べきれません。
傷んでしまうとモッタイナイので、コンポートにして保存することにしました。

砂糖を多くすればそれだけ甘くなり、保存性も高くなりますが、その分、梨本来の味が隠れます。
最近は素材に対して重量比20%をどの素材でも基本としていますが、計量し忘れることはしょっちゅうですから、ま、目分量で良し、としています。

<梨のコンポート、作り方>
 1.梨は皮をむいて、食べやすく切って、圧力鍋に入れて砂糖をかけて放置。
 2.圧力鍋に水150ccを入れて、高圧にセットして点火。
 3.おもりがふれはじめたら即、消火。放置して自然冷却。
   圧が下がったら完成。冷蔵庫で冷やして召し上がれ。
 4.保存は瓶詰か、タッパーか。冷蔵庫で1か月ぐらいは大丈夫です。

何有荘の圧力鍋はアサヒ軽金属の「活力鍋」を使用しています。
普通の圧力鍋ならば、もう少し、5分程度は加圧時間を増やした方が良いでしょう。

台風9号は房総を直撃し、多くの梨農家さんが被害を受けました。
早く収穫しておけば良かった――と言うわけにはいきません。
収穫する適切な時期があり、まだ十分には熟していない梨が多数落下してしまったと肩を落としていました。

落下した梨を集めるだけでも大変な作業量です。
食べごろになる前に落下した梨であっても、砂糖多めのコンポートにすればおいしくいただけます。

1991年の台風19号は別名がりんご台風で、東北のりんご農家さんが大被害を受けました。
その時は全国的な救援運動が起きましたが、今年の9号は梨農家に大きな被害が出たことは地元でさえ知られていない状況でした。

何有荘の柿は全部吹き飛ばされましたから、梨農家のみならず、柿農家さんの被害も莫大ではないでしょうか。

被害が出たら知らせあう、助け合う、そんなシステムが構築できると良いのですが…。
何ができるわけでもありませんが、おろおろ歩き、ともに嘆くくらいのことはできます。


 
 

★秋だ。イチジク仕事、三題

ドライ
         4分割して天日干し
イチジクジャム赤ワイン煮
 皮をむいて砂糖をかければ     皮付きのまま赤ワイン煮

毎年、いすみ市山田の『五平山農園』でイチジクを購入しています。
経営者の藤江さんとは、最近、地域おこしの自主グループで時々お会いするようになり、面識がありますから1.5kgほど購入しましたが、ちょっとおまけしてくれました。

ご近所の梨農園でもお使い用にと何箱か注文すると、必ずおまけを数個持たせてくれます。
生産者と知り合うと、農業でも漁業でもいろいろな事を知ることができて楽しいですね。
新鮮で安心安全な食品が手に入り、生産者を直接支援することにもつながります。
生産の苦労も多少は共有することができます。

≪共通前処理≫
  1.イチジクは洗って余分なへたの部分を切り落とし、
  2.50℃位のお湯に2~3分浸してやさしく洗い、ザルにあげます。
    ――これは汚れを落とし、内部に潜むアリなどを追い出すための作業です。

≪ドライイチジク≫
 4分割して干すだけ。ところがなかなかドライにならない。
 そこで、ふつうはオーブンを利用するらしいが、温風乾燥機の一種である「からりんこ」を使いました。
 カラリンコは果物・野菜用の乾燥機です。

 温風を切ったり入れたり手動ですが、余分な水分を飛ばすには時々フタを開け。休ませた方が良いと思います。
 過熟気味の実は黒ずんでしまい、やや硬めの実の方が良いドライになりました。
 
――某「道の駅」で食べたドライイチジクはとてもおいしかったけれどトルコ産。
調べてみるとイラン産やイスラエル産など国産は見当たりません。粉砂糖なんかまぶしてあるのも不自然です。
ならば、自作すればよい。これでパウンドケーキでも作りましょうか。
4分割ではなく、輪切りもいいかなと思います。いずれにせよ過熟は適さない。

≪イチジクジャム≫
 1.やや過熟気味のイチジクの皮をむき、手で形を崩します。
 2、重量比20%の砂糖を加えて数時間放置したのが画像。汁がたっぷり出ます。
 3.後はレモン果汁スプーン大1を加え、電子レンジ600wを何回かで出来上がり。
   アクはできるだけ、取った方が気分が良いですね。

≪イチジクの赤ワイン煮≫
  ――これは2日がかりですが、手間暇かけた方が美味しく出来上がります――
 1.過熟でないしっかりした実をそろえ、重量比20%の砂糖をまぶします。
 2.皮付きのままですから、しみだす汁は数時間経ても少ない。
 3.数時間後、適当な汁の量で圧力鍋を使います。
   フタをせず、クッキングヒーターの目盛り2か3で加熱、数時間。煮る温度は60~70℃です。
   低温・長時間加熱で汁がたくさん出てきますがイチジクの形は崩れず、むしろしっかり守られます。
 4.そこで赤ワイン150cc投入。さらに低温過熱を続けます。
   途中、イチジクの上下を返し、万遍なく汁に浸るようにします。ここで今日の作業はおしまい。
 5.翌日はまたイチジクの上下を返し、フタをし圧力鍋高圧で1分。自然冷却。
 6.ふたを開け、色が薄い方を下に返し、キッチンペーパーを落しフタして汁をかけまわします。
   その上にさらに普通の落としフタを乗せて中火でアルコール分を飛ばし、テリを出します。
 7.汁がややねっとりして来たら出来上がり。冷蔵庫で冷やしていただきます。
   イチジクの姿かたち、味がしっかり残った≪イチジクの赤ワイン煮≫です。
   甘いのがお好きな方は砂糖を重量比50%位にしてもいいかもね。

生産者から直接購入するときは、ワイン煮用、ジャム用、ドライ用、生食用と目的をしっかり伝えた方が良いです。その使い道にあったイチジクを用意してくれます。
生産者の眼と知恵と経験を伝授してくれますから頼りになります。



 

★深堀・瀧口神社(1)

深堀瀧口神社
     深堀氏碑と瀧口神社。境内は広い。

大原はだかまつりの季節になりました。
大原地区のみならず、北部の東海地区、南部の波花地区の18の神社が参加する数百年の伝統を持つ祭礼です。
なかでも各社の神輿が集まる大原海水浴場での汐ふみと大原小学校校庭での大別れ式は圧巻で、一度は見るべき祭礼でしょう。

深堀にある瀧口神社は東海6地区(深堀、新田、若山、釈迦谷、北日在、南日在)の6神社の親神であり、はだかまつり18社の中でも一方の雄として穏然たる勢力を持ち、権威のある神社です。

その神社の入り口に画像のような石碑があります。
「深堀氏碑」―――多くの人にとって深堀氏って誰?の世界ですね。

話は861年前、1255年にさかのぼります。
上総国深堀の住人、深堀能仲(ヨシナカ)は、この年、ご褒美として肥前国彼杵郡戸八浦の地頭に任じられました。
というのもさる1221年に京都の後鳥羽上皇らが鎌倉幕府打倒の兵をあげました(承久の乱)。
源氏の血筋が絶えたのを絶好の機会と見たわけです。北条政子が涙ながらに頼朝の恩を説き、御家人は「いざ鎌倉」とはせ参じ、上皇、天皇、公家方勢力を完全に粉砕しました。

上皇らは島流し。没収した彼らの領地は鎌倉武士団に分配されました。深堀能仲はよほど戦功があったのでしょう。1255年に肥前国(長崎)に新領地を得ました。しかし、東国武士の作法と西国の流儀は違うので、きっと、ずいぶん苦労したことでしょう。

深堀氏はやがて新領地に定着し、現地の有力武士団として成長していきます。
幕末まで肥前鍋島藩では家老職を務める家柄だったそうで、その本家のあった地域は深堀町として現存しています。

深堀氏はその出身地である上総国大原よりも、赴任先である肥前国での方がずっと有名です。
普通は、あらたに領地を得ても、現有地に親族を残すものですが、残った親族がどうなったかの話は聞きませんから、一族そろって九州肥前の国に移ったのかもしれません。

深堀氏の先祖は三浦半島の豪族三浦氏につながるらしい。
三浦一族と言っても良いのでしょうが、三浦氏が権力争いで滅びると、和田義盛の親戚と称したようです。やがて和田氏も滅びてしまうと、深堀氏として独立します。

この地域が深堀と言われるのは、深堀氏がかつて居住していたからではなく、もともと地元では深堀という地名だったからでしょう。
その地名をもって自らの苗字としたのが深堀氏だったはずです。

ここが深堀と呼ばれた理由は、付近を流れる新田川の流れが急峻だからでしょう。
その深い渓谷を領主の館の掘として利用したことは十分考えられることです。
実際、すこし上流にある天台宗の古刹、坂水寺(バンスイジ)の前を流れる新田川は深く、まるで坂に水を流したようであり、背後は天然の山林ですから、往時はイザと言う時には深堀氏の館を守る要塞になった可能性を今日に残しています。

さて、神社の名前である瀧口とは、瀧のふもとを意味しますが、周囲に落下する滝などありません。すると、この滝は滑り落ちる滝、すなわち滑瀧(ナメタキ)のことだと理解できます。

木戸泉の交差点から北へ国道465号を600m、深堀の信号のちょい東の橋から見る新田川の滑瀧はゴミさえなければなかなか見事です。カワセミも飛んでいました。
瀧口神社にふさわしい景色です。

この瀧口神社は社伝によれば、創建当時はもっと海岸寄りにあったが津波で損壊し、現在地に移転したそうです。
深堀氏の館跡がどこか今では全く不明です。
現瀧口神社の敷地は三方を屈曲する新田川と塩田川に囲まれ、他の一方は山です。防衛に適した地形ですから、深堀氏館跡地の一画に瀧口神社が再建されたのだろうと、勝手に想像することは楽しいことです。

その山裾を国道が通っています。伊南地方と伊北地方を結ぶ古くからの重要街道であったとすると、深堀氏はその街道を支配することで勢力を広げ、武力・財力を蓄えたのでしょう。

その深堀氏が参拝し、保護したであろう瀧口神社であるからこそ、東海地区の各神社がこぞって瀧口神社を親神様として尊崇し、現在も慕っているのでしょう。


  

★やぶ蚊の話あれこれ

水のみ モスキートバット
     猫の水飲み器に10円玉      害虫電殺器
    
庭があると どうしてもやぶ蚊が発生します。
そのため各種のやぶ蚊スプレーや蚊取り線香などもちろん用意してあります。

数mm程度の水たまりがあればボウフラは生き延びますから、枯葉でさえ、それが丈夫な葉ならば雨水が貯まり、発生源になります。
つまり、根絶は不可能です。雨後はできる限りバケツの底や植木鉢の受け皿などにある水を捨てる努力をしています。

画像左は住み着いている野良猫様の水飲み場。
ここにボウフラがわいたら困るので 10円玉を入れてあります。
銅イオンの働きでしょうか、効果てきめん。まったくボウフラは発生しません。

画像右はラケット表面に裸電線が張ってあり、小さな蛾や蠅、やぶ蚊などを電気ショックでやっつける道具。量販店で300円ちょっとで買いました。

柄の部分に単三2本。赤スイッチでON,OFF。 黒スイッチを押すと通電するので、黒を押しながらラケットを振り回します。
スウィートスポットが広いので、かなり効率よくやっつけられます。

ミントのスプレーやレモングラスのスプレーは確かに効果があります。
蚊が嫌いな香りのようです。
ただし、耳なし芳一じゃないですが、スプレーがかからなかった場所は食われます。

蚊連草などの名で売られているゼラニュームはほとんど何の効果もありません。

蚊が好む臭いがあるそうです。
酒の臭い、アルコールとか汗の臭いとか、炭酸ガスとかいろいろ言われていますが、いずれも無罪という結論を出した高校生がいました。

蚊に刺されやすい人とそうでもない人がいるのは事実で、その差は足裏の常在菌の種類の多さによる--とNHKの「ガッテン」が言っていました。

足裏、足の指の間に生息している常在菌の種類が多い人ほど刺されやすい。
消毒用アルコールを脱脂綿に含ませてそこを消毒すれば良いそうです。

何有荘で作っているミントスプレーやレモングラススプレーも消毒用アルコールを使っていますから、それをスプレーして拭くのも効果ありでしょう。
今まで服の上からスプレーしていましたが、足裏とは盲点でした。
これで何とかなればうれしい。

ワンプッシュで一部屋一晩、蚊から守られるだなんて強力殺虫剤はどんなに便利でも、ちょっとイヤですね。