★冬のバジルの花

バジル
    また花が咲いてしまった。今シーズンのバジルももうおしまいかな

毎年、春に出るポット苗を50円か100円かで購入すると1年間育てます。
その黒いビニールのポット苗には、たいてい5~6本の苗が生えています。
絡まった根を上手に分けてそれぞれ育てるのが、一番簡単。

秋になれば花が咲き、樹勢が衰えてきますから、挿し木にして更新します。
するとまた元気になって大きく育つことがあります。
こうしてほぼ1年間、フレッシュなバジルの葉を利用することができます。

葉を乾燥させて粉末にして利用したり、ジェノベーゼにしてみたり、バジルオイルを作ってみたりしました。
それぞれに個性があり、それぞれに見合った利用価値がありますが
手間暇を考えれば、フレッシュバジルを使う方が一番簡単。

小さな鉢に植え、害虫防止のためにバスルームで育てました。
バスルームは南面しており、まるで温室のような暖かさですから、挿し木で育ったバジルも生き延びてきました。
画像のように花穂を今回カットしました。
本体からはもうしばらくの期間、葉を収穫することができるでしょう。

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 富士山

今日は朝から曇り。それでも乾燥注意報が出ています。
さすがに20%前後となるとつらいものがあります。

その分だけ空気は澄み渡り、夕刻には富士山のシルエットが窓から望める日が続きました。
富士山を見ると元気が出て来るから不思議です。


 
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★メジロとミカンとマユミの木

メジロ
        マユミの枝にミカンをセットした

何有荘にサザンカの生け垣があります。
その花の蜜を吸いに年末からメジロが来ていました。
チュル チュリ チュル と独特のカワイイ声でなくので、アッ、メジロが来ているな、とすぐわかります。

ところがサザンカが盛りを過ぎ、花が少なくなると、もっとエサはないかと庭中を探しまわります。
マユミの赤い実もメジロは好むようです。
マユミの木に止まっているのは昨年のことを覚えている個体でしょうか。
昨年は豊作でしたが、今年のマユミは不作で、実がほとんどないのにやってきます。

枯れ枝に止まっているメジロが不憫でミカンを半切りにして枝にセットしました。
すると早速、ついばみにやってきました。
今のところ、まだヒヨドリには見つかっていません。
ヒヨドリが来ると、傍若無人。
メジロを追い出してミカンを独り占めするので、また気がもめます。

ところで、マユミは真弓と書く場合があります。
マユミの木はしなやかで丈夫。それで古代から弓の材料になったそうです。
ちなみに、関東ではケヤキ、中部地方ではアズサが弓の素材。

マユミがしなやかで丈夫なことからか、女性の名前になることが多いですね。
初夏に咲く小型の白い花は良い香りがします。
咲きそろう小さな花の良い香りが女性をイメージさせるのかもしれません。

良い香りのする樹木を香木と言います。
香木は 栴檀(センダン)や白檀(ビャクダン)が昔から有名。
その 「檀」 だけで、マユミと読み、この木のことになります。

「金麦」のCMに出てくる素敵な女優さんの名は 「檀 れい」 さん。
本名は 「まゆみ」 さんだとネットにありました。
ちなみに、壇蜜、壇ノ浦の壇は偏が「土」だから別の文字。マユミの意味はありません。

寒いうちに施肥をして、初夏になったらたくさんの白い花を咲かせようと思っています。
すると たくさんの赤い実をつけ、メジロが喜んでくれるでしょうか。


 
 

★1月の花は香りの花

ミツマタ
         ミツマタはどの枝も三又

今日から大寒。寒さも本番。
朝方は4時・5時よりも日の出前の6時半ごろが一番冷え込みます。
外気温は3℃→2℃→1℃→0℃と変化していきました。
気温が下がり続けるときに、人は体温を奪われて寒いなぁと感じます。
ストーブを入れました。

1月の花はスイセン。
日本スイセンは最盛期を過ぎ、真っ白いスイセンと濃い黄色のスイセンの季節です。
どちらも非常に香りが高い。

1月の花はロウバイだという人もいることでしょう。
ロウバイは今が盛りです。
ロウバイもまた香りが高く、ふと漂う香りに振り向くとロウバイだったりします。

そして画像のミツマタ。
枝が3つ又に分かれることからミツマタという非常にわかりやすい名前。
あまり目立たない花ですが、花には香りがあり、さわやかな香りを放ちます。

ミツマタは和紙の原料として、コウゾ、ガンピと共に有名で
特に繊維が長いので破れにくく、紙幣の主原料になっているそうです。

小学校の親しい友人に 三枝(サエグサ)君がいました。
サエグサという関東では珍しい名前は、ミツマタの別名。
奈良時代の貴族に三枝氏がおりましたから、あるいは貴族の末裔だったのかもしれません。
5年生の時に大阪に引っ越し、その後、阪大を卒業したころまでは音信がありましたが
今はどうしているかしら。

ミツマタを見ると、ふと三枝君を思い出したりします。

 
 

★上総一ノ宮駅に引き込み線があった頃(4)

   蟹道
   終戦(1945年)当時の長生村海岸付近の地図。
赤〇:字(アザ)蟹道地区、青〇:村立一松小学校 ★は九十九里有料長生IC
当時、九十九里有料道路はもちろん、国道30号も整備されていませんでした。
海岸沿いの曲がりくねった南北の街道が当時の国道で、現30号の直近の西側の道です。


千葉県唯一の村である長生村は一宮町の北隣りにあります。
長生村の立派な文化会館図書室に 『長生村風土記』(昭和63.09.01) があります。
そこには 『風船爆弾の話』 が掲載されていました。

風船爆弾とは戦争末期、水素ガスをつめた巨大な紙風船(気球)に爆弾をセットし、偏西風に乗せて米国本土を空襲するという奇想天外な作戦で、その発射基地が一宮海岸などにありました。

長生村風土記によれば―――そのころ、三本松(蟹道海岸)に怪しげなものが突然建てられ土地の人々は誰いうとはなしに三角兵舎と呼んで不思議にしていた。
その三角兵舎は、現在の佐久間果物店の裏(西側)で三角形の屋根の兵舎と炊事場があり、その周辺約1町歩1ヘクタール)位が立ち入り禁止で、その辺を「風船爆弾基地」と呼んでいたという。――とあります。

三角兵舎があったという蟹道海岸の海岸には 「なや」 とルビが降ってあります。
当時、各部落ごとに漁民の海岸占有場所は固定され、納屋などが置かれていたのでしょう、〇〇海岸を〇〇納屋と表示することが江戸時代からの慣例でした。

この文章からは 三角兵舎が海岸にあったことが推定できます。画像地図には人家など見当たりませんから、秘密基地に適した場所です。

ところが同文書は、続けて「現在の佐久間果物店の裏(西側)」だとも記しています。
昭和63年当時の佐久間果物店がどこにあったか今では不明ですが、人家のない場所に商店があるはずがない。
旧国道沿いの西にあったとすると海岸からは離れ、雑木林地帯にあったことになります。
結局、この文書からは三角兵舎の場所は特定できません。

100✕100mぐらいが立ち入り禁止で、地元では 「風船爆弾基地」 と呼んでいたらしい。
風船爆弾の本物の打ち上げ基地は一宮町の海岸にあり、広大な面積を占有していました。
では、この施設は何だったのでしょうか?

おそらく飛ばした風船爆弾の現在位置、飛行航路を追跡する施設だったのでしょう。
気球にはラジオゾンデ(高層気象観測用無線発信器)があり、数十時間、数千キロの距離でも受信可能だったそうです。
特殊な無線を傍受するための 「標定所」 が、青森県の古間木、宮城県の岩沼、千葉県一宮に設置されました。

3 か所で受信すればほぼ正確に気球の現在位置が割り出せます。
『謀略戦 陸軍登戸研究所』(学研M文庫、斎藤充功著) によれば、その方向探知機は地下の電磁遮蔽しゃへい室内に設置したとあります。

一方、長生村風土記には、「地面を掘り下げて、四角い大きな箱を埋め、その上に三角屋根を乗せた」 とありますから、気球からの電波を24時間観測する部隊が駐留する 「標定所」 だったとみて間違いないでしょう。

長生村文化会館を訪れた帰り道、ついでに海岸地帯を見に行きました。
驚きました。
海岸地帯の広大な敷地が「幸福の科学」に買い占められていました。

そういえば「幸福の科学大学」が文科省の認可を得られなかったというニュースがありましたが、その不認可大学のキャンパスと関連施設がここだったんですねぇ。

3.11大震災の際、九十九里浜沿岸で長生村だけが被害がなかったのはご本尊様のお蔭だという立派な看板が立っていました。
巨大津波が長生村沖合で左右に割れ、長生村が助かったのはモーゼの出エジプトで紅海が割れたのと同じ現象だとの説明です。

その広大な敷地の一角にやや小高い場所がありました。
この地域特有の海岸砂丘の一部なのでしょう。海外からの電波を受信するのは適切な場所のように思えました。
標定所が蟹道海岸(ナヤ)にあったとすれば、ふさわしい場所です。

詳細な地元地図を持参しなかったので、的外れな推測かもしれません。
一宮町には電波受信の標定所があったとの記録がありませんから、長生村風土記の記述は貴重です。
この海岸近くに 風船爆弾関連施設があったことは、間違いないことだと思います。

   上総一ノ宮駅に引き込み線があった頃(1)
   上総一ノ宮駅に引き込み線があった頃(2)
   上総一ノ宮駅に引き込み線があった頃(3)



 

★今朝は霜の花が咲いた――カモミール

カモミール
    庭は降霜でどこもかしこも真っ白け。カモミールもご覧のとおり。

二日前は一日中冷たい雨。
そんな日は自慢の太陽熱床下暖房は機能せず、電気ストーブの世話になります。

昨日と今日は連続して快晴。
こんな日は屋根に降り注ぐ太陽熱を活用し、屋根の熱を床下に誘導しますので、なんとか電気ストーブなしでも暮らせます。
今日は太陽熱だけで室温は21℃。まことにお天道様はありがたい。

夜間晴れると、翌朝は放射冷却で一段と冷えます。
今朝、6時の外気温は1℃、7時になると0℃に下がりました。
日の出が6:45ですから、日の出前後が一番寒いという教科書通りの朝でした。

雨戸を開けると庭がキラキラ輝いています。
まるで雪が降ったような景色です。霜です。

春はあけぼの…で有名な枕草子では、冬はつとめて(早朝)と記しています。
――雪の降りたるはいふべきにもあらず 霜のいと白きも またさらで―――
雪景色は言うまでもないが、霜景色の白さもまた格別だと 清少納言はいいます。

さて表題の 「霜の花」 ですが
   1.シモバシラという植物に霜柱が付いた状態
   2.窓の水滴が凍ってできた模様――というような場合も霜の花ですが
庭や公園、山野に降った霜を一般的に 霜の花 と言います。
霜の花が咲いたね、と。
後世に残したい日本語の一つでしょう。

やがて日が昇ると霜は解け、水滴となって次々に滴り落ちます。
そして地面の水分はカゲロウになってユラユラと昇っていきます。
そんな景色もまた見ていて飽きないものです。


 
 

★怪獣の子ども、いえ、ジャコウアゲハのサナギです

ジャコウアゲハ
    スケルトン(骨格)模様がある派手なサナギ

通常、サナギは動きが取れないため、天敵に見つからぬように目立たぬ装いをしています。
枯れ葉だか、ゴミだか分らぬような地味な姿で鳥の眼をごまかします。
ところが、これは目立ちますね。

おそらく逆の戦略なのでしょう。
わたしは毒物、危険ですよ、食べない方が身のためです――との合図を送っています。
橙色のワンポイントなんか特に毒々しさを感じます。

蝶は 卵→幼虫→サナギ→成虫 と大幅に姿かたちを変えます。
バッタの類はサナギにはならないので、不完全変態。
蝶やハエ、カブトムシなどはサナギになるので完全変態するといいます。

何度も何度も自分自身の姿を内部から根本的に作り変え、そして成虫になります。
カニや蛇は脱皮を繰り返して大きくなります。

蛇の脱皮を昔の人は目撃する機会があったのでしょう。古い自分を捨て、新しく生まれ変わる――そんな蛇は不老長寿、不老不死、あるいは神ではないかと恐れられたものです。

ところが人間は変態も脱皮もできません。
昨日と今日、ほとんど何も変わらず過ぎていき、気が付けばこんなはずではなかった。

正月や七五三などの年中行事、入学式や卒業式、成人式などの儀式は 人間のそんなノンベンダラリとした生き方に 人為的な節目を作る意図があったのでしょう。
これを機会に脱皮する、この日を境に心身ともに変身する――そんな決意の日なのでしょう。

ところがそのための心身の準備が必要です。
サナギは冬の間、飲まず食わずで心身の大改造を行っています。
春になり、羽化の寸前にはサナギの殻は薄くなり、中の蝶の様子が見えるようになります。
そこまで準備を整えてから 背中が割れ、サナギの中から蝶が生まれます。
それは感動的な一瞬です。

わたしが新年の誓いなんぞ考えても、単なる思い付きで なんの準備もないものだから 三日坊主で終わってしまいます。
じっくり温め、満を持して新しい境地に進まなくちゃね。


 
 

★フキノトウ、一番乗り

フキノトウ
    庭でフキノトウを見つけた

雪の降らない外房の何有荘ですが、ここまで早いのは初めて。
昨年末から正月にかけて暖冬が続いていますから、草木も季節の感覚に迷いが生じているようです。
生活者としては暖かい方が良いに決まっていますが、野菜の生育に影響が出ていると聞くと心配になります。

フキノトウが顔を見せていた場所は隣家との敷地を区切るブロック塀の脇。
おそらくブロックが昼間、太陽の光を浴びて熱を蓄え、地面もそれで暖まったのでしょう。
昔、静岡県では石垣イチゴが特産である と習ったことが思い起されます。

今朝は二度目の霜が降りました。
2月4日の立春まで本格的寒さが続きます。
立春が過ぎたって、春は名のみの風の寒さや、となるのが毎年のことです。

先日はおバカなカエルが鳴いていました。
こりぁ間違ったと、また地面に潜り込むことでしょう。
フキノトウも次々と顔を出すのは、もう少し先になると思います。


 
 

★ちょっとなぁ三題、まぁいいか

歩道橋標語橋
  歩道橋プレート         標語の大看板           橋の旧プレート

和泉は いずみ いづみ どちらが正解か?
たぶんプレートの発注責任者は年配の方なのでしょう。

古文で使われる歴史的仮名遣いでは「いづみ」が正解。
語源的には 出+水 = いづ+み
和泉式部、和泉国に古典の授業での振り仮名は、どちらも いづみが〇 いずみでは×。
現代文、地理の授業では いづみは× いずみが〇。

ずとづ は現代では同じ発音ですが、昔は zu と du で区別されていました。
プレートの発注者は戦前の教養の持ち主か、語源にこだわる人なのでしょう。

主に小学生が使う歩道橋ですから、これは昔の書き方で今はいずみと書く と教えれば一石二鳥で、印象深いことでしょう。

二番目の画像は 某小学校敷地内にある青少年健全育成の標語。
かな遣いの誤りを学校関係者も気にしないようです。

つまづく も戦前の表記法で、現代では つまずく と書きます。
わたしたちが幼かったころ 「言う」を「言ふ」 と書く大人がいたものです。
今でもドジョウを「どぜう」と昔風に書く料理屋があったりします。

語源的には つまづく が正しいのです。
つまは爪、つまさき と言いますね。
つくはつっかかる で、順調に進まなかったこと。
その合成語ですから つまづく なのですが、漢字一字で 躓く と書きます。
これでは合成語のイメージがありません。
そのような場合は、 ず を使うのが現代仮名遣い。

ひざまずく、うなずく も同様で、語源的には づ であっても ず を使います。
よっぽどのことがないと ぢ や づ は使いません。

よっぽどのこと とは 和語(訓読み)+和語の合成語の場合。
例えば 色づく ほおづえ はなぢ よこづな たからづか など。
地震は 音+音 の合成語だから ぢしん ではなく じしん です。

でも文科省の言うことを正しいとするとおかしなことがおきます。
  日中は にっちゅう なのに 一日中だと いちにちじゅう
  心中は しんちゅう(心のウチ) だけど 道連れ自殺は しんじゅう となる。
  地下鉄 ちかてつ の一方で 地下足袋は じかたび。
「正しい」表記法が混乱の原因になっています。  

さて三番目の画像は長母音の表記のしかたです。
これは夷隅川にかかる旧江東橋の銅板銘プレートで、新橋の建設に伴い、現在は橋のたもとに記念品として設置保管されています。

江東の現代表記は こうとう ですが ご覧のとおり こおとう となっています。
旧橋の建設1957年当時の表記法はもちろん現代仮名遣いであったはずですが、そんなことは知らん とばかり、堂々と こおとうはし と書いてありました。

文科省の言う 「正しい書き方」 なんぞ気にしない。
地元ではこういうのだとばかりに プレートや看板にしてしまうのがすごいですね。
いすみ市では そんな古い表記法が現代も生きているところが気に入っています。


 
 

★正月に桜が咲いた

桜
    太東埼灯台への道で 

今日は朝から曇り。そんな日はちょっと元気が出ません。
元旦から昨日までの五日間は快晴で暖かく、お天気キャスターが3月、4月の陽気だと驚いていました。

灯台への道の河津桜並木では、画像のようにすでに散り始めた桜さえもあります。
もっともこの木は特別に日当たりが良い場所にあり、桜並木全体が花に浮かれているわけではありません。
多くはまだしっかりと固い花芽を蓄えているところです。

いくら暖かいと言っても暦の上では本日6日から小寒。
21日からは大寒となるので、寒さが本格化するのはこれからが本番。
いくらなんでもここ数日は異常だったと記憶に残しておきましょう。

この正月は大きな事件・事故がない代わり、若い女性の猟奇殺人事件、若い男性らによるいじめっぽい殺人事件がTVをにぎわしています。

大企業が空前の利益をため込んでいる一方、非正規労働者だけが増え続けています。
働いても働いても希望なんか見えない重苦しい雰囲気の中で、人と人との適切な信頼関係が築きにくいのでしょう。
ふとしたきっかけで暴走してしまうのかもしれません。

ふとしたきっかけで暴走するんじゃないか―――
前後の見境いがなくなっているのが北の三代目。
夕刊に大きく4度目の核実験とありました。

カッとなって制裁強化すれば良い、というのでは能がない。
戦前、日本はABCD包囲網の制裁強化で苦しくなり、カッとなって真珠湾。
  (Aアメリカ Bブリテン=英国 Cチャイナ Dダッチ=オランダ)
サウジとイランは国交断絶だとか――

争い事が好きでラッパを吹き続ける政治家には困ったものですが
どこかで対話のパイプを維持しておいてくれ と願うばかりです。

 
 

★お年玉は打出の小づち

打ち出の小づち
    本当はカラスウリの小さな実です

秋の山野で光り輝く朱色の実はカラスウリ。
とてもよく目立ちます。

その熟した実や枯れて薄茶色になった実を割ると中から小さな実がたくさん出てきます。
ヌルヌルしていますから、それを洗い流して乾燥させたものが画像です。

ちょっと見にはカマキリの頭でしょうか。
チョコレートで作った 結び文 のようにも見えます。
初めて見れば、これが植物の種だとさえ気づかないでしょう。
これを 打出の小づち と見た昔の人は想像力が豊かだと感心します。

打出の小づちとは、これを振ると欲しいものが次々に出てくるという魔法のアイテム。
七福神の大黒天様が右手に持っていますね。
これを財布に忍ばせておけばお金に不自由しないと信じられてきました。

正月には親族が集まり楽しい時間を過ごしました。
お土産に持たせたのがこの打出の小づち。
うれしかったか、迷惑だったか、ま、正月の余興です。

***** 余分な話

カラスが食べるから カラスウリ という名ではありません。
カラスだって食べないで いつまでもぶら下がっています。

人間様の食糧にはならない――という意味合いでカラスの名を冠します。
それが小さい種類になるとスズメの名が冠せられます。

  スズメウリ-――カラスウリ
  スズメノテッポウ―――カラスノテッポウ
  スズメノエンドウ―――カラスノエンドウ
  スズメノカタビラ―――カラスノカタビラ

似たような植物を大小で区別する際に用いられるようです。
セットにして覚えると 雑草だって覚えやすい。