★十六夜の月。9月28日晩。

満月
 遠い海のはての龍宮城、はるか遠い高山地帯、そして月世界は神仙世界と考えられた

龍宮城に行った浦島太郎は年を取らなかったが、玉手箱を開けて本当の年齢に戻った。
この話の裏返しがかぐや姫で、月世界では年を取らないが、地上で生まれたからあっという間に大人になった---という筋立てになっています。

月の神様をツクヨミ(月読・月夜見)といい、夜の世界を治め、不老不死の薬水「をち水」を所持していると古代人は考えました。

万葉集(巻13-3245)詠み人知らず

天橋も長くもがも  高山も高くもがも 月夜見の持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも
反歌(3246)
天なるや 日月のごとく 我が思へる 君が日に異に 老ゆらく惜しも

――天に架ける橋のように長く、高山よりも高く寿命が伸びると言う ツクヨミの持っている「をち水」取ってきてあなたに差し上げたい
日月のように慕ってきたあなたが日ごとに老いていくのを見るのはとても悲しい――

愛する人のために不老不死の薬、若返りの妙薬「をち水」を求めたい人は他にもいて、万葉集・627番、628番、1034番にも載っています。
今も昔も変わらぬ人々の願いです。

「をち水」を手に入れたらどうなるでしょうか。
かぐや姫の育ての父母は姫からの置き土産で入手。
ところが姫のいない人生なんてと二人は思い、帝に献上してしいます。

帝も世をはかなく思い、富士(不死の意)の峰でこの薬を焼却してしまいました。
残念な結末ですが、しかたがありませんね。

月は満ち欠けを繰り返す、つまり衰えて死んでしまったかと思いきや、また復活するのが月なので、月は不老不死、若返りの象徴として考えられてきました。

しかし不老不死はお月様の話。
人間界で秦の始皇帝のような人物が不老不死になったら困ります。
憎まれっ子世に世にはばかるといい、美人薄命と言い、それはとても残念なことですが、それが世の常。

せめて盃に月の影を映して、愛する家族の健康、長命を祈願することにいたしましょう。
今晩は十七夜。立待の月。まだ名月です。


 
 
スポンサーサイト

★いすみはキンモクセイが満開

キンモクセイ
      金木犀と書くが「犀」の文字の中に牛がいる。

漢字の読み方は音読み、訓読みがあり、さらにたとえば「犀」はセイとサイの二種類の音読みがあり、こんな文字遣いはクレージーだと外国人はおっしゃる。
教養のある中国人は、古い時代の中国の発音が日本に残っているので驚くと聞いたことがあります。

「犀」 は呉音でサイ、漢音でセイ。
サイと読む呉音の方が古い発音で、日本人にはなじみの深い発音。
これをセイと読むようになった時代、つまり、1191年に禅僧栄西がこの樹木を中国から持ち帰り、金木犀、キンモクセイだと伝えました。

「犀」 とは動物園にいるサイで、だから漢字の中に牛の文字が含まれています。
キンモクセイの樹皮はそのサイの肌と雰囲気が似ているので、木犀。
黄色の花が金木犀、白花が銀木犀。

ところが中国では、金木犀は丹桂、銀木犀を銀桂といいます。
「桂」の文字を使うのです。
だから、日本人の理解している桂と中国人の桂は違います。

中国人が思うキンモクセイの花の色は金色ではなく、丹。
丹色は赤に近い橙色。おめでたい色です。

昔、桂林に宿泊し、漓江下りをした思い出があります。
水彩画のような美しい都市で、丹桂があちこちに植樹されているので桂林。
今の時期、桂林はむせるようなキンモクセイの香りに包まれていることでしょう。

1970年代、まだ各家庭がポットン便所だった時代に、トイレの異臭に負けない強い香りの合成芳香剤が発売されました。
キンモクセイの香りで一世を風靡したものです。

街中にふとただようキンモクセイの香りに子どもが、「アットイレのにおいだ」と反応したそうです。
それほどトイレとキンモクセイの香りは密接になり、今ではトイレを即、連想させるキンモクセイの香りは芳香剤に使われなくなりました。

トイレとキンモクセイの香りの密接な関係を知らない若い人が増えました。
純粋にその香りを楽しむ人が増えればいいな、と思います。
合成芳香剤ではなく、自然のキンモクセイの香りを。


 
 

★ススキが穂を出し、いすみ市は秋祭り

すすき
   このススキの穂の色を蘇芳(スオウ)色といいます。

9月の23日、24日は大原のはだか祭り。昨日は勇壮な“汐踏み”が海水浴場で行われました。今夜は神輿が一か所に集い、走り回り、そして“大別れ”です。

この祭の隠れた主役がススキ。
祭の準備に氏子たちは鎌を手にして野のススキを刈りに出かけます。

各神社には幟旗(ノボリバタ)が建てられ、そのてっぺんにはススキが飾られました。
神社の正面にはしめ縄が張られ、榊の枝と共にススキが飾られます。
ススキには邪を払う魔除け効果があると信じられ、秋祭に不可欠な神聖な植物でした。

ススキの穂の色は一見すると白ですが、月光を浴びれば銀色、夕日に映えれば黄金色――
でも若いススキは画像のようにやや赤みがかっていることに気付きます。
このようなススキを 「まそほのすすきなどいふ事あり」(吉田兼好「徒然草188段」)

「まそほ」とは【真赭】と書き、赤い土の色、硫化水銀の古名だと辞書にあるけれど、
『方丈記』の著者・鴨長明は【真蘇芳】(ますはう)の短縮形だと『無名抄』に書いています。
蘇芳とはどのような色なのか、こちらをご覧ください→●

いずれにせよ、ススキの穂には赤味が含まれると見た昔の人の観察眼は鋭い。
赤味を帯びた若いススキの穂は力強ささえ感じます。
それが魔除けの力だったのでしょう。
秋祭りに欠かせぬ植物になりました。

ススキと言えばお月見。
ススキは単なるお飾りではなく、邪気を払い、家内安全の魔よけの仕掛けなのでしょう。
だとすれば、お団子を載せる机は、本来は祭壇だったと見るべきでしょう。

旧暦8月の満月が中秋の名月で、今年は今月の27日(日)の晩です。
旧暦8月15日のこの日の晩、実際には左側がやや欠けていますが、ほぼ満月。
翌晩、28日の方が真円に近いのですが、気にしない。

月の地球を回る公転軌道はやや楕円です。
地球に最も近づくのが今月で、近いがゆえに一年で一番大きく見える満月だそうです。
秋で空気が澄んでいるから名月なのでしょうが、一番大きな月だから名月に指定されたとも言えそうです。

ススキに満月と言えば、花札の8月。
ススキの20点札=「ススキ野に満月」のデザインはすばらしい傑作です。

極端に単純化したデザイン。シンプルな色遣い。
現代絵画だと言っても通じると思います。
とても凡人には思いつかない色遣いとデザインで、江戸文化の懐の深さを感じます。

       芒




 

★休日祝日祭日シルバーウィーク

カレンダー
   土日を含めて5連休だった2015年の9月

今年の9月は土日を含めて5連休になりました。
5月のゴールデンウィークに匹敵するような大型連休でしたから、シルバーウィークなどと言われましたが、おっとどっこい、来年はそうはいきません。

 2015年 (月)21日敬老の日  (火)22日国民の休日  (水)23日秋分の日
 2016年 (月)19日敬老の日  (火)20日 (水)21日  (木)22日秋分の日

日本の祝日は年によってさすらい、移動してしまいます。
ハッピーマンデー制度によって祝日を月曜にスライドさせ、旅行客を増やし、消費活動を活発にさせようという魂胆からでした。
敬老の日は、発足当時は9月15日でした。ハッピーマンデー制度で毎年日付が異なります。

そして秋分の日だって移動します。
固定しておいてもだれも困らないのに、今年は23日。来年は22日。
23日か22日かは太陽を巡る地球の公転軌道上の位置を天体観測して決めます。
それが微妙なため、法的には翌年の秋分の日までしか決まっていません。

5月4日は憲法記念日と子どもの日に挟まれた平日でした。
ところが連休にしろという国民の強い声に押されて「国民の休日」になりました。
祝日ではありません。名前のないただの休日。
そして現在は「みどりの日」という名前のある祝日になっています。

みどりの日は4月29日(昭和天皇の天皇誕生日)だと思っていたら、今では「昭和の日」に変更になっています。
祝日が年によって移動したり、ころころ名前が変わったりするのって変ですね。

本日は秋分の日。
本日は祝日ですか、祭日ですか?
戦前は秋季皇霊祭という祭日でした。現在は秋分の日という祝日です。
天皇家ではこの日、神武以来のご先祖様を祀る神道儀式があり、それが秋季皇霊祭。

天皇家の祭日から、国民の祝日に変わったのは国民主権の現憲法になってから。
現在は法律上、祭日はありません。祝日です。時々「国民の休日」があります。
それなのにホームページに休業日は土日祝祭日と書いてある事業所を時々見かけます。

カレンダーから祭日が消えたのは、昭和23年7月のこと。もう67年たちました。
それでもつい昔からの言い方になってしまうのですね。
それはいすみ鉄道を今でも国鉄木原線と言うくらいに時代錯誤な表記です。



 

★お彼岸が近い。手前味噌の開封

手前味噌
    カビは一切なく、色の付き具合も上出来だ。できあがり量、約5kg。

核家族が自家用の味噌を、キッチンにあるものを使って キッチンで作る味噌です。
1月29日に仕込んだ味噌は夏を越し、もう彼岸になるからと開封してみました。
開封するその瞬間はやはり緊張します。不測の事態が起きていないか。

カビは一切なく安心しました。おいしそうな色あいです。これなら味も大丈夫。
画像で、味噌の一部が白っぽくなっているのはレンズの汚れです。あしからず。

試行錯誤をさまざま重ねた結果、最近は以下の材料と分量にしています。
  ① 大豆:1.0kg 小糸在来(木更津の青大豆)
  ② 糀 :1.5kg 通販:しのざき米店
  ③ 塩 :0.5kg 赤穂の天塩
  ④ 水 :アルカリイオン水(スーパーで無料)

ここ数年、友人を誘って一緒に作っています。友人のご家族に好評だそうで
ご家族の評判があまりに良かったので作った本人が戸惑い、「どこが普通の味噌と違うのだろうね」と尋ねてきました。

そりゃ材料を厳選しているし、材料の比率もあるし、作り方が違うからねと自慢げに答えました。
材料と比率は公開しているし、作るのも一緒に作っているので秘密も何もないのですが、

例えば、普通は大豆を煮るのですが、何有荘では圧力鍋で蒸しています。
蒸した方が栄養価が保たれ、おいしい味噌になると思っているからです。
蒸す時にオモリが揺れてから何分蒸すかは、大豆の質と圧力鍋の性能によります。

煮るのか蒸すのか、何分煮るのか何分蒸すのか、無数の選択肢の中からたった1つを選んで目の前の味噌ができました。
その手間ひまと選択の決断の結果が、他と比べられない一番おいしい“手前味噌”になります。

ところが実際はいつもテキトーに作っています。
まぁこんなもんだねというカンでしょうか。
そんなカンを頼りに自分好みの味噌を作るのが、味噌作りの醍醐味、楽しみなのです。
となると、やはり典型的な自画自賛。“手前味噌”そのものですね。

 
 

★天空からの贈り物―――マンジュシャゲ

曼珠沙華
   曼珠沙華を見ていると、何と妖しい花かと思いませんか

葉が1枚もなく、薄い緑色の細い茎だけがスクッと立ちあがると、大きく真っ赤な花を咲かせます。
その花もどれが花びらなのか、赤く細い線が無数に広がっている感じがします。

球根にアルカイド系の毒があり、昔は土葬された遺体を野生動物から守るために墓場周辺に植えられました。
その花が秋の彼岸のころに一斉に花咲かせるので、昔の人はそれを不思議・不吉に思い、死人花(シビトバナ)、地獄花、幽霊花などの名前で呼んだ人もいました。

お彼岸にはお墓参りに行きます。
彼岸の1週間は、あの世のご先祖様とこの世の子孫が出会って交流する日ですから霊的な日々であり、非日常的な雰囲気があるこの花が彼岸花と名付けられたのでしょう。

  曼珠沙華咲く野の日暮れは何かなしに
          狐が出るとおもふ大人の今も    木下利玄(1886-1925)  

この時期には恨みを呑んで死んだ亡霊や幽霊・化け物、悪鬼が出没し、
亡き人を想う心に付けこんで、化けたキツネが人をだます――などと信じられました。

彼岸の本当の意味は「すべての苦から解放されたあの世」という意味。
苦に満ちたこの世を此岸(シガン)といいます。
したがって、彼岸花とは本来は極楽浄土に咲く花という明るいニュアンスがあります。

お釈迦様が教えを説いた時、神々や仏様、一般大衆は感激し、地はとどろいたと法華経にあります。(妙法蓮華経 序品第一)
その時に天から雨の如く降り注いだのが、ウドンゲとマンジュシャゲの大小の花びら。

ウドンゲとは何か、マンジュシャゲとは何か、どんな花かと様々議論がありますが
マンジュシャゲとは彼岸花のことである、ということになっています。
その点でも彼岸花は天から降った歓喜の花として扱われています。

最近はリコリスと呼ばれる欧米発のカラフルな品種が出回り、この花に不吉な印象を持つ人はいないようです。
英名ではスパイダーリリー、ハリケーンリリー、クラスターアネモネなどと、外見を描写したあっけらかんとした名前です。

極楽浄土の花、歓喜の花というのが本来の意味ですから、若い人たちが リコリスにワーッきれいな花ねぇ と率直に反応する方が良いのでしょう。

でも、わたしたちの世代にはどうしても、この世の花とは思えぬ妖しい花だ、という印象がぬぐえないのです。


 
 

★思い悩むな。野の花を見よ。

ノビル
    栄華を極めたソロモンでさえ、野の花ほどにも着飾ってはいなかった

ニラの花です。
いすみ市では秋祭りの頃になると、白いニラの花と赤い曼珠沙華の花が道ばたで咲きそろいます。
ニラや水仙など、時々その辺にポイ捨てられており、それが育ったものです。

どちらの花も良く見れば、驚くほど緻密で精巧。一言でいえば美しい。
田舎暮らしでは、季節ごとに、その季節の野の花に出会い、心慰められます。

誤解されたり、自信が無くなったりすると、もうどうでもイイヤという気分になります。
まして家族をなくし、財産のすべて失った人の思いはいかばかりでしょうか。
かける言葉さえありません。

表題にしたイエスの言葉は 「ルカによる福音書」 などにあります。
若いころは何言ってんだと反発したこともあります。
最近は年を重ねたせいでしょうか、少し納得できるようになってきました。

「命は食べ物よりも大切」 だというイエスに対して、食べ物がなくちゃ生きていけない、などと反論するのはまだ青い証拠。
イエスの趣旨はそこにはありません。

イエスは 「あなた自身に価値がある」 といい、その価値に目覚めなさいと言っているのだと思います。
あなたは野の花より美しく、空を飛ぶ鳥よりもすばらしい――いじけたユダヤ人にそう呼びかけて、励ましたのでした。

逆境にあっても、人はなお花を美しいと感じる力があります。
野の花でさえ、その花に気付けば 人は心が休まります。

野の花には、折れそうになる人の心を支える力があります。
ニラの花にだって、よく見ればね。
野の花を大切にしたいと思います。


 

★14名の生存確認、まずは良かったけれど

決壊
     鬼怒川堤防決壊現場(google画像検索より)

今回の常総市の鬼怒川堤防決壊は、わたしたちに様々な問題を提起しました。

一番被害を受けた画像の地区に避難指示が出されなかったのは、その地区からの情報が市に来なかったからだと市の担当者と市長が答えていました。
その後の報道によれば、市民は市に堤防が危ないと連絡したのに何言ってんだと怒っていました。
市の連絡情報系統が混乱していたことがわかります。

気象庁が命の危険がある大雨特別警報だと何度も繰り返していたのに、その日、その時の常総市では降雨量が少なく、薄日さえ差していた(ウェザーニュース)ため、特別警報を市の幹部も市民もタカをくくってしまったようです。

鬼怒川には常総市近辺に3か所の国土交通省の河川水位のライブカメラが設置されており、それをモニターしていれば刻々と水かさが増し、洪水の危険が差し迫っているのが、一目瞭然でした。
市の幹部も市民もその情報を生かし切れませんでした。
いすみ市にライブカメラはありませんが、河川の水位はほぼリアルタイムでモニターされていますから、大雨の時は時々ネットで見ています。
ネットがあれば、自分でさまざまな生情報を集めることは可能です。

常総市でも水害のハザードマップを作っていました。
それによると対策本部が置かれる市役所も浸水地区にあるのに、その対策は例えば非常電源が1階にあるので浸水で使えなくなったなど、無策でお粗末なものでした。
市民の生命財産を守るという真剣みが市の幹部に欠けていたと言わざるを得ません。

堤防が決壊すると、その濁流の勢いはまるで津波のようで、中継画面を見ながら3.11を思い出してしまいました。
その直撃をくらった家はマッチ箱のように流されてしまいました。
すべて流されて更地のようになってしまいました。堤防の決壊は恐ろしいものだと思いました。

その中で画像の白い家が濁流に耐えていました。
その家も土台の下の土が流されていました。それでも倒壊しなかったのは地中に深く杭を打ち、その上に家を建てたからです。
地盤が弱い地域では、地震による液状化対策としてこのような工法がとられます。
その分、建築費は高くなりますが、今回はそれで救われたことになります。

すでに水が引いた地区とまだ水に浸かったままの地区があります。
決壊地区よりも標高が数mも低いので水が引かないのはある意味で当然です。
ほんの50cm敷地が高いだけで、浸水の被害を免れた家もありました。
自分の家がどのような自然条件の敷地の上に建てられているのか、事前に確認しておくことは今の時代では必須のように思います。

いすみ市もそうですが常総市ではかつて河床だった場所があちこちにあります。
あるいは後背湿地と呼ばれる低湿地が広がっています。
そこに新しい住宅が多く建てられていました。しかし、そこは被害が大きかった。
古くからの地元の家は自然堤防上の微高地で比較的水はけの良い土地です。

しかし、今回の激流にはかないませんでした。
それが経験したこのない災害=特別警報の意味です。

特別警報が出たら何はともあれ、安全な場所に避難することが大切だと思い知らされました。
地震対策で1週間分の備蓄をしておいても、洪水で家ごと流されてしまったら何の役にも立ちませんでした。
東京地下直下型地震とか、房総沖地震とか…。
竜巻に洪水、火山の噴火…。

特別警報が頻発している今日の事態は何なんでしょうか。
どうすれば良いのか、どうすれば被害が最小限になるのか…。
世も末かと嘆きたくなりますが、生きている以上は頑張って生きて行かねばなりません。
頑張りましょう。
助け合って生きていきましょう。

 

 

★今日は9.11。この数日茨城・栃木・宮城は

20150910dd0phj000197000p_size8[1]
    茨城県常総市、鬼怒川の決壊。(画像:毎日新聞)

3.11の傷も癒えないのに、今年は茨城、栃木、宮城でまた大災害。
帯状に連なった積乱雲が高気圧に阻まれて同じ場所に長時間滞留し、記録的な豪雨となりました。

台風ならば何日も前から報道されているので心の準備や避難準備もできますが
今回はあっという間で、気象庁も途惑ったようです。
夜中に特別大雨警報が出たって、住民は対応できるわけがありません。

伊豆大島の集中豪雨災害は2年前の10月16日深夜のことでした。
住民は気象庁や行政の対応に文句を言う前に、まず自分の身を守ることを第一に考える必要があります。

今回の帯状に連なった積乱雲は3日前にその兆候が太平洋上に現れていました。
変な雲があると思いましたが、それがこんな被害に連なるとは考えませんでした。
最悪の事態がいつ起きるかわからない、という現実を突き付けられた感じです。

昔、大田区の縄文・弥生時代の住居跡を地図上で確認し、現地を訪れたことがありますが、いずれも高台にあり、水害の心配が少ない場所です。
その地域は現在でも高級住宅地として知られています。

海や河川の周囲の平地地帯に人が多数住むようになるのは江戸時代中期以後のことで
河川の氾濫を多少なりとも防げるようになってからの話です。

小学校の社会科で濃尾平野の「輪中」を学習したことがありました。
輪中という堤防で村落を洪水から守った地域のことですが、関東地方でも洪水を前提とした暮らし方は昭和の中ごろまで続いたものです。
民家の軒先に避難用の船が用意されておりました。

いすみ市でも岬町の平野部は夷隅川が氾濫を繰り返して土砂を堆積した場所ですから
今日でも水害がやや危険な場所がいくつも見受けられます。
土砂崩れが危険な地域もあります。
市が配布したハザードマップで自宅周辺の危険度を確認し、いざとなったらどこに逃げるか決めておいた方が良いでしょう。

先日、東京都が発表し、全所帯に配布する 『東京防災ブック』 は大変良くできています。
都民でなくとも参考になるので、一読することをお勧めします。



 

★秋になればエゴの木の実が鈴なりに

エゴの実
     かわいい実が文字通り鈴のようにぶら下がる

エゴの花は5月の連休の頃が盛りでしょうか。
長い花軸の先に真っ白な花が咲き、どれも下向きですから見る人を楽しませてくれました。

夏になるとサクランボのような大きさ・形の緑の実がたくさんできます。
夏休みになれば、昔のワルガキたちはこの実を石ですりつぶし、小川に大量にばらまき、
フナやドジョウ、場合によってはナマズなどの大物も獲って喜んだものでした。

つまり実には魚の神経を麻痺させる毒があります。
そんな実だから、口に含めば苦い、えぐい。
だからエグイ木で、エゴノキという名前になったのだとか。

エゴの実の毒性の正体は「サポニン」。
これには界面活性作用があり、つぶした実を入れた液体はよく泡立ちます。
シャボン玉のシャボンとは石鹸のこと。
サポニンとは語源が同じですから、泡立つのは当たり前。

乾燥大豆を煮るとよく泡立ちますね。大豆にもサポニンが含まれているからです。
だからサポリンを含む生大豆・乾燥大豆はそのままでは食べられません。
サポニンを煮出して抜く、つまりアクを除くことによって、食べられる大豆に変化します。

ムクロジの木の実もサポニンを多く含んでいます。
そのムクロジの実を洗剤として売っている若い人に房総スターマーケットで出会ったことがあります。
自然の恵みを現代の生活に活かそうとする姿勢に好感が持てました。
ムクロジもエゴの木の実も昔は石鹸代わりに使われていたことは、ほぼ忘れ去らていますが がんばっていました。

エゴの実は秋になると緑の実は白みが増し、画像のようになります
ゴーヤが稔ると苦みが減るように、エゴの実も熟すとエグ味が減ります。
すると、この実を愛するヒガラなどの小鳥が集まって来るそうですが、その場面はまだ見たことはありません。
今秋はその様子を注深く観察してみることにしましょう